
一昨日の夜のこと。アルバイトから帰ってきて、「Alexa ただいま」と言って部屋の明かりをつけようとしても無反応。どうやらインターネットに繋がらないとのことで、iPhoneの画面にもWi-Fiがインターネットにつながっていないとのメッセージ。
ルーターを再起動したところ、インターネットにつながってはいたものの、やはり音声で電気をつけることができず、結局赤外線端末のWi-Fi設定からやり直して無事回復しましたが、ただでさえ削られていた睡眠時間が、さらに不足することに。
睡眠はともかく、暗闇の中で四苦八苦しながら思ったのは、インターネットに全て頼るのは怖いということ。もちろん物理的なリモコンもありますが、どこに保管しているか覚えていないので探さないといけません。しかも明かりのない状態で。
ちなみにどうやら、大規模なネット障害が起きていたようで、インターネットに繋がらなかったのはそれが原因だったのでしょう。アクシデントといえばアクシデントなのですが、こういうことは稀に起きます。ネット社会でどうしたって発生するトラブルのひとつ。
そして、大規模障害は意図的に起こすこともできます。次に大きな戦争が起きるとき、まず狙われるのはインターネット環境だとされています。そうすることで通信の遮断、情報の遮断を行えます。そうしている間に攻め込めば、簡単に制圧できるというわけです。
大規模障害が起これば、日本の場合は交通網も止まってしまいます。社会そのものがインターネットに依存しているので、ほとんど何も機能しなくなります。そして私たちの生活もインターネットに依存しきっていて、人によってはネット環境がないと家にも入らなかったりします。

私は鍵をよくなくすタイプなので、定期的にスマートロックが欲しくなります。でも、今回のようなことがあると、いろいろ考え直さなくてはいけなくなります。もちろんスマートロックなら、停電でもインターネット障害でも、物理的な鍵で解錠できるのですが、私の場合は鍵そのものを忘れて出かけそうで。
インターネットに依存している。それはとてもリスクがあることですが、インターネットがあるからできることがあります。インターネットがあるから、地球の裏側にいる人とも繋がれます。私が万里の長城マラソンの日本事務局をしているのだって、インターネットがあったから。
そして、もはやそれは「なくてはならないもの」になっています。インターネットが人間を豊かにするのか貧しくするのかという議論もありますが、仮に私たちを貧しくしているとしても、日々の生活から切り離せないインフラになっています。
それでも、いずれは切り離したいなとは思っています。終の住処では、インターネットのない世界でゆっくりと暮らす。いまの慌ただしさの中で「ゆっくり」できる時間を確保するのは無理だから、最後だけはそうありたいなと。そのためには、本当に田舎で暮らすしかなさそうですが。
Xはどこかでアカウントを消そうと思っていましたが、万里の長城マラソン日本事務局が3人体制になったので、まだやるべきことがあると判断し、アカウント削除を保留。彼女たちにすべて任せられるようになったら、また考えるとします。
ただ、インターネットへの依存についてはきちんと方針は決めたいなと。自分の生活を快適にしてくれるけど、失ったときに何もできないというのは避けなくてはいけません。そういう意味では、まずは「依存」から抜け出し、うまく利用するくらいの距離感を目指すとします。
