
レビューのために今年からスマートリングを着用し始めたのですが、少し大きくてストレスを感じつつも、自分のコンディション調整に便利だから、充電中以外はずっと着用してきました。そんなスマートリングの新製品が発表されるということで、台風の中を表参道まで。
そして新製品を手にしたわけですが、これが誇張なしでびっくりするレベルにコンパクト。知らない人が見たら、ただの指輪にしか見えないレベル。基本的には健康管理しかできませんが、きっと10年後にはこれでタッチ決済ができたり、GPSが搭載されるようになるのでしょう。
そして音声ガイダンスに対応して、何らかの動作でランニングのペースや距離などを知らせてくれるようにも。そうなったら、ランニングウォッチなんてものはなくなるのかもしれません。もしくは、スマートグラスと連携して、そこに表示できるようになる。
時代はどんどん進んでいきます。そこについていくかどうかは、また別に考えるとして、自分の体は衰えていくことを考えると、自分と時代の流れの距離がどんどん広がっているような気がしています。何かを手にするとき、新しいものではなく、既存のものを選びがちだったりして。
もっと新しいものを取り入れてみようと意識はしていますが、自分に馴染まないように感じがして、結局いつも通り。いつも通りというのは失敗しない安心感があります。あまりいかないエリアでランチをする。知らないお店に入るよりもチェーン店を選んでしまったり。
チェーン店が好きというのもありますが、自分の可能性を自ら消してるなと思って、スマートリングの発表会があった日は、原宿で初めてのお店に。久しぶりに直感で選んで正解なお店でしたが、マクドナルドや吉野家を選んでいたら、知らないままになっていたはずです。

ちなみに、原宿で食事するときは、マクドナルドか吉野家、もしくはUberEatsの配達で何度も行った町中華のいずれか。お店が多すぎて迷うというのもありますが、いずれも混雑していないので待たずに食べられるといった利点があります。
原宿に行くときは何か用事があるわけで、長い時間待つということがあまりできません。表参道に好きなお茶屋さんがあったのですが、そこに行くと長居することになるので、今の自分にはマッチせず。それはともかく、いつもと違うお店に入ったわけです。
そのお店はおそらく新しくできたお店で、こうやって街も変化していくのだなと、変なところで感心してしまいました。変わらないように見える街でも、お店がどんどん入れ替わっていく。それは細胞が入れ替わっていく、人間の体によく似ています。
人間の体と違うのは「良いものは残る」ということ。もちろん、永遠に残るお店はありませんが、人間の細胞のように一定期間で新しいものにすべて入れ替わるなんてことはありません。街はそこで暮らす人、働く人、そしてお店そのものをどんどん入れ替えながら成長していく。
まるで生き物のようです。原宿という生き物。東京という生き物。私たちはそれらを構成する細胞のひとつでしかない。私たちは自分の意思で動いているようで、大きな組織のパーツでしかない。使い古された表現かもしれませんが、ようやくその意味を理解できた気がします。
ただの部品でしかない。それはネガティブな気づきではなく、むしろポジティブに捉えています。自分は日本という組織を構成する部品のひとつで、多少規格外でも組織は円滑に動き続ける。だったら、もっと自由でいい。だから開き直って、好きなことをもっと追求してもいいのかなと。
