突尼斯:日本人らしさは強みになる

90分走をするつもりが、12kmでなぜかペースが上がってしまい、そのあと2kmで完全に潰れてしまったので14kmで終了することに。我ながら不甲斐ない結果になりましたが、余力があるので筋トレの時間に充てることにしました。

本当はW杯のチュニジア戦をみながら筋トレと思ったのですが、久しぶりにビールを飲んだら、そんな気持ちはどこかへ行ってしまい、アルコールフリーにしておけばと反省。でもそんな日があってもいいかなと。

実際に日本が強くなったのを感じられるゲーム展開で、サッカー好きとしてはビールも飲みたくなるというものです。結果は4-0でしたが、6-0くらいまでいってもおかしくない内容でした。


試合中に何度か「自分がチュニジアの監督だったら」という視点で見ていたのですが、正直なところ手の打ちようがありませんでした。縦に蹴って、事故のような方法で1点を取るくらいしか考えられません。

日本のサッカーは規律があると言われていますが、規律というよりは危機感が高かったような。ボールを取られたときの寄せのスピードは鬼気迫るものがあり、あんなプレッシャーをかけられたら、いくら身体能力の高いアフリカ勢でもどうしようもありません。

ただ、それ以上に感心したのは、審判に対して強くアピールせず、淡々とプレーしていた点です。小さな不服をジェスチャーで表すことはありましたが、審判の決定事項をリスペクトしているのか、それとも不服申立てはデメリットしかないと判断しているのか、とにかくアピールしません。

かつての日本代表は「マリーシア(ずる賢さ)が足りない」と言われてきましたが、世界の強豪国になった今のほうがむしろマリーシアがありません。VARのような「後からチェック」できる技術が影響しているのかもしれませんが、これは大きな変化です。

審判にしてみれば、リスペクトされているのを感じられるので、また日本代表の笛を吹くときに、日本代表に対してポジティブなイメージを持ちます。審判といえども人間ですから、それが繰り返されると多少なりとも日本代表に優位な笛を吹くこともあります。

審判への抗議はすべて森保監督に任せて、自分たちは今するべきことを淡々と遂行する。それは世界中のどの国にも見られないスタンスで、サッカーを知っている人ほど、恐怖を感じる姿でもありました。


サッカーには国民性が現れるとされていますが、近年はそれが薄れていきました。たとえばイタリアは「カテナチオ」といって守備の強さを誇るチームでしたが、そこから脱却しようとした結果、勝てないチームへとなり、しばらくW杯に出場できていません。

反対に日本は「真面目さ」を全面に押し出しており、わざとらしいと感じるくらい日本人らしさを随所に見せており、その結果が近年の急成長につながっています。それは選手だけでなく、応援に行っている人たちも同じで、日本人らしさがメキシコやアメリカで高く評価されています。

日本人であることは、世界においてそれだけで強みになる。それは私自身も強く感じています。北京でも日本人はそれだけで、特別な対応をしてくれます(もちろんポジティブな方向で)。だからこそチュニジア戦は、普段から日本人らしさを意識しなくてはと強く感じることになりました。

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