伝達:北京について伝えること

万里の長城マラソンのサイト更新がようやく完了しそうです。あと数記事リライトしたら、北京旅人のほうに移れます。万里の長城マラソンの記事を書いたのが10年以上前なので、情報があまりにも古かったのですが、それが放置されたまま。本当によくないことです。

情報が古いことを反省しつつも、10年で随分と状況が変わったなと。10年前は北京に行くのもなかなか大変で、観光するのも不自由さを強く感じることが多々ありました。今も不自由なことはあるのですが、10年前とはその内容がまったく違います。

10年前は「中国だから」と無理やりやっとくしていた部分もたくさんありますが、今は不自由さに対して「もう少し何とかできるのでは?」と思うことも増えました。それは中国が何でもできる国になったからで、だからこそ高望みをしてしまいます。


万里の長城マラソンの記事を更新しているときに何度か感じたのは、少なくとも北京においては、日本人であることがマイナスに作用することはないということ。それどころか、興味の対象とされることも多く、それだけで会話が生まれることもあります。

日本人と話したいという人も一定数います。それも以前のように、過去の戦争についての意見を求められるというのとは違い、シンプルに日本人と会話をしてみたいという想いからくるもの。残念なことに私の中国語力だと会話が成立しないのですが。

この感覚は少しだけ台湾に似ています。ただ、台湾は「日本人は仲間」という意識が強いような気がします。日本人をリスペクトという時代は終わって、対等な関係にあるように感じています。北京は「日本人をリスペクト」の段階にあります。

繰り返しになりますが、あくまでも「北京」に限った話であり、他の地方だとまた違った感覚になるはずです。中国の中でも北京は特別な場所で、そこで暮らす人たちは知識人であるという意識が強く、いい意味で選民意識を持っています。

だから、政府がどう言おうと自分たちには関係ないという感覚も持っています。もちろん、ある程度の線引きをした上で成立している感覚ですが。政府に逆らうことはしないけど、自分で考えて行動するのが、北京市民のスタンス。政府がどうであれ、好きなものは好きと言い切るところがあります。

ただ、そういう面は日本で報道されることはありません。まず、メディアの人たちがそういうことを知りませんし、民間の交流にも興味がないのでしょう。メディアは自社の利益を最大化することを最優先し、日本国民の感情を無視することすらあります。


自国で暮らす人のことも考えないのに、隣の国の人のことなんて気にするわけがありません。別にそれを批判したいのではなく、それがメディアだというだけのこと。メディアは特別な存在ではなく、公平公正でもなく、ただの民間企業でしかありません。

そして、その影響力は年々低下しており、だからこそもがいているわけですが、それがことごとく裏目に出ているのが実情。だからこそ、私のような個人メディアのニーズが出てくるので、むしろ既存メディアには今のままいてほしいという思いもあります。

いずれにしても、今やるべきことは自分のサイトの古い情報を書き換えること。既存のメディアか伝えない新しい情報を加えること。そうやって信頼を積み重ねることが、個人メディアの生き残る道。既存メディアと同じ道を進んだって、その先には行き止まりしかありませんから。

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