
ルバイトを始めて気づいたのは、世の中には本当にいろいろな人がいるということ。ただ、同じ現場に固定していくようになってからは、これは……となるような人にはなかなか出会うこともなく。それはそれでいいことなのですが、ちょっと残念なことではあります。
大学を出て会社員になって……という、その道に残っていたら出会わなかった人たち。それは私にとっての刺激であり、想像力を掻き立てる大切な出会いだと思っています。仕事をする上ではストレスに感じることもありますが、それも糧のひとつ。
自分の中で引っかかる他人の言動というのは、その人が自分にはない感覚を持っているから。これは物書きとしてとても大切な感覚です。相手の立場になって考えるという小学校で習うようなことを実際にやろうと思うと、相手の思考回路をある程度理解しなくてはいけません。
ただ、私が理解できるのはいわゆる「普通」の人だけ。私は生き方こそイレギュラーですが、思考そのものがぶっ飛んでいるわけではありません。自分でいうことではありませんが、私は常識人であり、ルールやマナーを尊重するタイプです。
たとえば、電車に乗る前にホームで整列していたとします。電車が到着したら、降りる人がスムーズに下車できるように、扉の前を開けて待機します。それが常識でだと思っているからなのですが、世の中にはドアの前に立ったままの人もいます。
それどころか、まだ降りる人がいるのに乗ろうとする人もいます。そういう人を見ると、私のレーダーに引っかかります。そして、なぜそうなったかを考えます。でも、わからないわけです。自分の常識と照らし合わせることしかできないから。

こういうことがあると、最初はイラつくのですが、次に「そういう人もいる」となり、それにも慣れてくると想像力を働かせます。たとえば「世の中には衝動的に動く人がいるのかもしれない」「世の中には待てない人がいるのかもしれない」と。
待てない中国人というのを北京に行くと、ときどき見かけますが、それとはまた少し違います。中国人の場合は「そういう文化がない」という話で、本質的に待てなかったり、並べなかったりするわけではありません。実際に最近は多くの人が日本風の乗り降りスタイルを採用しています。
そうではなく、本能的に待てない人が一定数います。そういうタイプの人たちと、日常的に接することはまずありません。でも、アルバイトとなると話が変わってきます。誰でもできる仕事の現場には、いろいろな人がやってきて、社会にうまく適応できなかった人の割合が増えます。
そういう人と出会ったときに、自分の頭の中でストーリーを組み立てます。なぜそうなったのか、その人の日常生活がどうなっているのかなどを想像し、小さなストーリーにするわけです。そうすることで、自分の想像力の弱さを鍛えるというか、補うようにしています。
自分以外の誰かの影響で、上手くいかないときかときどきあります。そういうときに、そうやってストーリーを考えてきたことが役に立ちます。なぜそれが起きたのか。事実とは違っても、自分の中でその原因を考え消化すれば、大抵のことは受け入れられます。
他人は自分を写す鏡だといわれますが、私にとっての他人は、想像力を鍛えるための存在であり、自分に足りないものを補う存在だったりします。そして、自分を再構築するための大切な存在でもあります。ただ、基本的には他人に興味を持てないので、変わった人ばかり影響を受けてしまうのですが。
