
これからアルトラのシューズ発表会へ。このブログを公開しているタイミングでは、すでにシューズ発表会は終えていて、RUNNING STREET 365の記事にしている予定です。アルトラはゼロドロップシューズのメーカーということで、かなり楽しみにしています。
ゼロドロップというのは、つま先とかかとの高さが同じになっている構造のことで、裸足感覚で走れることから、ナチュラルな走りを好む人たちに選ばれています。私も裸足ランナーですのでナチュラルな走りを好みますが、アルトラのシューズはほとんど履いたことがありません。
ナチュラルな走りをしたいなら、シューズを脱げばいいだけなので、そこにお金を出すという気になれなかったというのが最大の理由ですが、最近はデザインのいいゼロドロップシューズも増えてきて、普段使いも含めて少し気になっていたところ。
ランニングシューズは厚底化が進んだことで、シューズが足を弱くするという課題を抱えるようになりました。それを解決する選択肢としてゼロドロップが注目されています。また、プロアスリートも体の動きを良くするためにトレーニングでゼロドロップシューズを選ぶこともあります。
かつての裸足ブームに近い勢いでベアフット系のシューズが流行っており、ランナー出ない人も「整える」意識が高まっているのかもしれません。メレルのゼロドロップシューズは若い女性が購買層になっているという話を聞いたこともあります。
体と向き合うというのは言葉にするのは簡単ですが、実際にやるのは簡単ではありません。なぜなら、ほとんどのランナーはそれを感じ取るセンサーが動いていない状態にあるためです。センサーが休止中だから、体の声を聞き取れないわけです。

もっとも、それを改善するためのシューズがゼロドロップであったりベアフットだったりするわけです。履いて歩いたり走ったりするだけて、ゆっくりと変化を感じられる。そしていつの間にか体の声を聞けるようになり、最終的には神の声が聞こえるようになります。
もちろん、そんなわけはありません。聞こえるのは体の声だけ。でもときどき、神の声を聞いたと思い込む人はいます。それどころか、自分を全知全能の神だと勘違いする人も。そういう人たちから距離を取りたくて、私は裸足のコミュニティを抜けました。
ベアフット系のシューズを履いても、裸足になっても、ひとが神になることはありません。どこまでいっても人は人。全知全能になんてなれません。神になれると思っていることがそもそもの大きな間違いであり、傲慢すぎる考え方です。
私たちランナーにできるのは、人間が本来待つ能力を引き出すことだけ。それでも大きな1歩であるのですが、実際にその感覚を味わうと、自分の目の前がぐっと開けて、自分はなんでもできると思い込んでしまうのでしょう。気持ちはわからなくはありません。
でも裸足で走れること、ゼロドロップシューズで走れることは、マイナスをゼロにしただけで、それ以上でもそれ以下でもありません。大事なのはそれができることによって、何をするかということ。走れるというのはまだスタートラインに過ぎません。
では私は何をしているのか。声を大にして言うようなことではありませんが、裸足ランニングはパーソナルトレーナーやシューズレビューをするのに役立っています。ただ、誰かに裸足を勧めるようなことはしません。人に勧めるほど特別でもなく、とても個人的なことだと思っているので。
