興味:社交的になれなくても

今年の万里の長城マラソンの参加者と新宿で食事&お茶をして、中国についてのあれこれお話をしました。その翌日もアンバサダーさんと動画撮影。万里の長城マラソンは人との繋がりが生まれる大会だと思っていて、こうやって繋がりが増えていくのは嬉しいことです。

私は人付き合いが得意なタイプではありませんが、自分のしていることを考えると、どうしても多くの人に出会うことになります。ただ、オープンな性格ではないので自ら繋がりに行こうとすることは少なく、基本的に何をするにしても流れに任せてしまいます。

万里の長城マラソンの参加者と話をしているときに、休みがないということを不思議がられました。私は趣味というものがなく、休みを作って何かをしたいという感覚がありません。ずっとそうやってきたので、私自身としてはそれが普通。


やらなくてはいけないことがたくさんありますが、そのやらなくてはいけないことは、すべて自分が生み出したものであり、休んでいる暇があればそれらをひとつずつ減らしたいと考えています。ただ、それは義務という気持ちはありません。

ランニングも同じで、やらなくてはいけないことは無数にありますが、誰かにやらされているわけではなく、自分がやると決めたことなので「やりたくないな」と思うこともありません。ただ、そこに喜びがあるかというとそうでもなく、ただ淡々と生きています。

私は好奇心がないとは言いませんが、基本的に興味の対象はいつだって自分の内側にあります。だから、乃木坂などアイドルの楽曲を聴くことはあっても、彼女たちを推すことはありません。昔から好きなプロスポーツチームというのもありません。

推すという感覚も、応援するという感覚もほとんど持っていません。ただ、身近な人を応援することはあります。マラソン大会で完走直前の人に声をかけることも。ちゃんと動く心を持っているけど、普段は自分の外側に興味を持つことはほとんどありません。

人と会う生き方をしているのに、他人に前のめりになれない。もったいないなと思いつつ、もしかしたら前のめりになれないから、人と会うことになっているのかもと思ったり。人間が1度に関われる人数と関係性の深さは反比例の関係にあります。

誰かに対して深い興味を持てば、それだけ関われる人の数は減ります。人間に与えられた時間と記憶量に限りがあるなら、それは当然のことで、深い興味を持てないから、多くの人に出会って、少しずつ影響を受けている。それがいいことなのか、そうでもないのかはわかりませんが。


幸いなことに、今のところそのスタンスで上手くやれています。他の人からすればつまらない人生に見えるかもしれませんが、強い願望はなく、あらゆることを淡々とこなしていく。私はそのスタイルに満足していますし、自分らしくていいなと。

多くの人に囲まれて、幸せに生きる。そういう人生もいいのかもしれませんが、自分がやるべきことを定めて、そこに向けて淡々と積み重ねる。そうやって満たされつつも、常に足りていないと感じながら眠りにつく。それもひとつの幸せの形じゃないだろうかと。

いまさら社交的になれるわけではありませんし、そうなると私の個性も薄れてしまうのでしょうから今のままでいい。ただ目の前にいる人との時間は大切にする。そのスタイルがきっと私には合っています。半年後には違うことを言っているかもしれませんが。

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