
部屋がきれいというイメージを持ってもらえることが多いのですが、基本的に大雑把な正確で、出したら出しっぱなしになることが多く、忙しいとあっという間に部屋が荒れてしまいます。
北海道から帰って、これはもう無理というところまで散らかっていたので、昨日は朝から部屋の掃除。もっともモノが多いわけではないので、30分くらいですっきりしました。
なぜこの状態を保てないのか不思議なのですが、50年生きてきてそうなのだから、いまさら変わることはないのでしょう。ただ、整っていない状態はあまり好きではないので、これからも散らかっては整理するというのを繰り返すのでしょう。
大雑把なのに整っていない状態が好きではないというのは、機械設計の仕事をしていたことが影響しています。機械設計は最適な状態に整えるのが仕事みたいなもので、仕事だから体がそれを覚えています。
怠惰であるという私の本質と、よく調教された後天的な能力のせめぎあい。面白いもので、そういう性格はランニングにも影響を与えています。美しい走りを求めつつ、フォームなんてどうでもいいと思ってしまう。
ただ、幸運なことに私はピラティスに出会って影響もあって、大雑把でありながらもそれなりに美しい姿勢で走れるようになっています。意識しなくても理想に近い動きができている。やはりこれが理想です。

大雑把でも部屋をきれいに維持できるようになる。これには何か別のエッセンスが必要な気がします。機械設計を続けていれば、もしかしたら今ごろ理想の自分になっていたのかもしれませんが、今はあらゆることが不規則な暮らしなので。
アルバイトも物流の現場ということもあり、あまり整理がされていません。それはどの物流現場に行っても同じで、きれいに整理整頓する手間よりも、1つでも多く荷物をわけなくてはいけないことが影響しています。
並んだカゴやパレットが、整理されて美しく並んでいることに意味がないわけです。そういう中でも、私はできるだけ調律のとれた作業環境を意識しています。どんな仕事でも神は細部に宿ると信じているので。
それを日常生活でも継続する。ただそれだけのことなのですが、どうやっても荒れていく部屋。本当に謎すぎるのですが、忙しさや心の不安定さの現れとして、ひとつの目安になっているのでまぁいいかなと。
部屋が荒れているときは睡眠時間も不足気味。まずはしっかり寝ること。そして、部屋を片付けるモチベーションが湧いてくるくらいに余裕を作ること。忙しいのはいいことですが、心を亡くしてしまったのではどうにもなりません。
今年も8月に入りましたが、下半期は部屋をできるだけ荒らさないで済むくらい、落ち着いた環境を維持することをひとつの目標とします。10月になるとかなり忙しくなるのが確定しているので、そこで乱れないように8月9月で部屋も心もしっかり整えるとしましょう。
