仙臺:まだ癒えぬもの

これまで仙台には何度か来たことがあり、もしかしたら名古屋よりも訪れている回数は多いかもしれません。マラソンで3回は来ていますし、旅行でも来ています。でも仙台についてあまり知りません。その理由は仙台市内を走ったことがほとんどないから。

名古屋はあまり訪れていませんが、何度も走っているので、意外と自分に馴染んでいます。でも仙台は受け入れてもらえていないし、受け入れる気持ちにもなっていません。理由はわかりません。主人公感が強すぎるからかもしれません。東北で圧倒的な存在感。そして伊達政宗。

でも、今回は仙台を選びました。単純にバス代が安かったからですが、走り終えて「また来なくては」になっています。詳細は後日書きますが、今回は塩釜に向かって走り、そのあと南下しました。その過程で自分の走れなさにより、気になったところがいくつも。


食べ物も悩みました。結果的に塩釜でマグロ丼をいただきましたが、途中でJAのお店があって、そこの海鮮が安くて美味しそうで、本当はそこでお寿司か丼を買って、公園で食べるとかしたかったのですが、せっかくなら塩釜でマグロと決めてしまっていました。

塩釜は全国有数の生マグロの水揚げ量を誇る漁港。かつて訪れたときにはそんなことを知らず、海鮮丼を食べたような記憶。記憶といえば、塩釜の記憶がいつのまにか改竄されていました。塩釜の駅前も塩竈神社も私の記憶と何も一致しません。

私はそもそも記憶力が低いタイプなのですが、それにしても覚えてなさすぎです。走った道は覚えているのに、歩いた道は忘れてしまう。ある意味で特殊能力。今回は走ったから、しっかり記憶に刻まれたはずです。ただ、もっと歩き回りたかったなと。

1日で走れる距離には限度があり、訪れる場所も限られてしまいます。そんなことは最初からわかっていましたが、思った以上にそうだったなと。それでも、仮で決めていた訪問場所はすべて行けました。仙台らしいものはあまり食べてませんが、満たされてはいます。

そして、満たされたというのとは少し違いますが、ひさしぶりに心がざわつきました。塩釜から南下して、台湾ランタン祭りが開催されている施設を目指したのですが、そこがまさに東日本大地震で、津波によって更地になった場所。あれから長い月日が流れたのに、まだあの日の映像は鮮明に覚えています。

姉が暮らしていた鎌倉の家で、ニュースを見ましたが、仙台の南側が津波で何も無くなっていく映像は衝撃的で、今でも忘れることができません。だから、まさにその場所を走ったときに、穏やかな気持ちではいられませんでした。そこに建つ家はすべて新しく、視界にいくつもの人工的な高台が入ってきます。


以前なら目を逸らしていたかもしれません。そういう意味では、時間が私を少しだけ成長させてくれたのかもしれません。でも穏やかではなく、胸の奥がざわつきます。立ち止まったら涙が出ていたかもしれません。走っていたから、まだ正気を保てている。

あの日の地震の爪痕は、仙台や塩釜の街中に見られます。それは自分の足で走ったからこその気付きです。ただ、それがこの街にどれくらいの傷として残っているのかはわかりません。過去のことにはできないくらいの時間の流れ。当事者だった人たちがこの街で暮らしています。

その上でこの街の歴史もあります。私がこれまで他の街で学んできたこととリンクすることもあり、点が線になっていく時間。それでいて、楽しい思いもできて、少ないながらも言葉を交わすこともできて、いい旅ランになりました。またいつか仙台に戻ってくる。やり残しがかなり多いので、それだけは確定しました。

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