
仙台から戻って、頭の中の半分くらいが仙台のことで埋められています。次はどこを走ろうかとか、あそこは良かったなとか。少し前に書きましたが、私はこれまで仙台に対する思い入れが薄く、東北で暮らしたいと願いながらも、仙台か候補地に入ることはありませんでした。
でも今は「仙台もありかな」と考えています。駅周辺しか知らなかったので、仙台は都会で、埼玉に近い印象を持っていました。でも、人の優しさとか、向いている方向とか、やっぱり東北なんだなと。そして、駅周辺を離れると居心地がいい。
まだ1部分しか見ていません。でも、今回の遠征の前と後では、感じ方がまったく異なっています。魅力でいえば、まだ平泉や盛岡ほどではありませんが、東北暮らしの最初のステップとしては悪くありません。東京へも遠くありませんし。
伊集院静さんが仙台で暮らしていましたが、その理由がほんの少しだけ分かったような気がします。利便性と東京との程よい距離感。どことなくですが、都会のプレッシャーという意味では、鶴巻温泉にも似ています。頑張らなきゃという思いが、少し和らぎます。
そういうのは、自分の足で移動しないと見えてこないもの。仙台から塩釜までの距離感は、電車移動ではわかりません。自分の足で走るから、それぞれの位置関係や物語が見えてきます。そうなると、その街に自分が馴染みやすくなります。
それは東京でも同じで、UberEatsの配達を1年ほどやってきたから、東京の街が馴染んでいます。かつてのように「東京に行く」と気合を入れることもなく、自然体で東京を歩いたり走ったりできています。その街を好きになるには、まず馴染ませること。

もちろん1回走ったくらいでは、水面のわずか下を覗いたに過ぎません。もっと何回も訪れて、自分の足で回ってみなくてはいけません。でも、これまで0だったものが1になりました。引っ込み思案な私は、この1を作るのが本当に大変。でも、そのコツを掴みました。
0泊3日の難しいところは、食事が3回しかないこと。早朝到着だと、朝ごはんはほぼマクドナルドに固定されます。そうなるとあと2食。おやつを入れても3食です。そこで何を食べるのか、食いしん坊の私にとって大問題になります。
ただ、地元のグルメとかを選ばなくなったら、その街に馴染みきったといえるのかなと。たとえば道の駅などでお弁当を買って食べる。市場でおにぎりとお惣菜を買って、公園で食べる。それくらいで満足するようになったら、好きとか苦手とかの先に行けるような気がします。
私が暮らす鶴巻温泉には、日帰り温泉施設があります。その気になれば毎日温泉に入ることもできます。でも、私は誰かが来たときしか温泉には行きません。それは鶴巻温泉が馴染んでいるから。特別なことをしなくても、損した気分にならないわけです。
今はまだ、仙台でやりたいこと食べたいものが無数にあります。訪れるたびにそれが一つずつ減っていき、いずれどこかのタイミングで「今回はおにぎりでいいかな」となる(もっとも東北はお米がおいしいから、おにぎりがご馳走ですが)。目指すところはそこにあります。
そして、あまりにも訪れ過ぎて「これなら暮らしたほうがいいかな」となれば、東北暮らしの始まりです。それが仙台なのか平泉なのか、それとも盛岡なのかはわかりません。はっきりしているのは、仙台がその候補に入ったということ。あと私に必要なのはきっかけだけです。
