なぜでしょう、昨日は絶不調でした。熱でもあるのかと思って計ってみましたが平熱でした。仕事をしていても文章づくりに手間取ります。
いつもなら流れるように浮かんでくる文章が途中までしか出てこないため、文章の途中で何度も止まってしまいます。つなぎの言葉、締めの言葉がまったく浮かんでこないので、いつもの1.5倍くらい時間がかかっています。
普段はJAZZを流しながら仕事をしていますが、その音さえも雑音に感じ、やることなすこと上手くいきません。
それで慌てるような年齢ではありませんので、「まぁ一晩寝たら治るだろう」くらいに思っていますが、理由がわからないのはちょっと面倒です。
筋肉痛がまだ残っているため、走りもいつもの半分くらいのスピードです。がっつり疲れている感じがしますが、疲れる理由がありません。
大学受験のときに、高校時代の担任の先生が「やる気が起きないときは勉強しない方がいい」と教えてくれましたが、天邪鬼なわたしは、やる気が起きないときこそやろうとします。
サッカーもマラソンも、調子が悪いなというときはひたすらもがいてそこから抜け出そうとします。書くのは仕事ですので、もがくのはみっともないので、できるだけ平静を装って書き続けますが、気持ちはもがいています。
会社員なら、上手くいかない日は午後半休でもすればいいのですが、個人事業主はそれができません。
できないことはないのですが、基本的には起きている時間はすべて仕事です。仕事でないのはラン仲間と走ったり、飲んだりしているときくらいです。
ただし、それが辛いという感覚は1ミリもありません。文章書きは好きですし、いい文章が書けたとき、分かりやすい文章に仕上がったときは満足感があります。物書きなら1日中していても苦ではありません。
少なくとも会社員時代よりは生きているという感覚がありますし、1日1日を大切に生きています。
でも、知らないうちに疲れを溜め込んでいたのでしょうか。ちょっとこの調子の悪さはいい感じがしません。非常に質の悪い調子の悪さです。熱でも出てくれるほうがまだマシです。
そういえば、先月は映画を観ていません。のんびり本を読む時間もありません。仕事が頭から離れないにしても、走ることと書くこと以外の時間を強制的に作ったほうがいいのかもしれません。
ランニングでは「休むも練習」という言葉があります。物書きも「休むも仕事」なのかもしれません。ちょっとここまで2年半、全力疾走でしたので頭が「ちょっと無理」と言っているのかもしれません。
わたしにとって書くことは生きることですので、書くことをやめることはできませんが、4月は万里の長城マラソンの仕事もありますので、少しだけペースダウンしようと思います。
万里の長城マラソンが終わって戻ってきたら、また全力疾走。
それまではきちんと0時までに寝ること。できれば仕事は夕方のランニングまでに終わらせるようにします。いまならきっとちょっとの充電期間でまた再スタートできる気がします。
こういうときは無理せず一歩一歩、ココロとカラダの声を聞きながらですね。しばらくは河童の春休みということで。
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