「引退」に代わる言葉【思考をひと括りの言葉で共有する難しさ】

大迫傑さんが現役復帰とのこと。そもそも、引退って何だろうなって昔から不思議に感じていました(大迫傑さんのことではなく、ずっと以前から)。引退宣言をすることで、ひとつの区切りなんでしょうけど、なんでそんな宣言をするのか、プロアスリートを見ていて思うわけです。

基本、プロアスリートはほぼ個人事業主みたいなもので、好きなように生きればよく、陸上競技のような個人競技なら、好きに休めばいいし、好きに復帰すればいいんですけど、一般的にきちんとケジメをつけるために引退宣言をするのが当たり前になってます。しまいには、コロナ禍でマラソン大会の引退宣言をした一般ランナーもいます(そういえば私もウルトラマラソン引退と言ったような……)。

もっと自由でいいのになと思います。走りたいときに走ればいいし、休みたいときには休めばいい。厳しい練習を継続しないと結果を出せないというのはただの思い込みだと、新谷仁美選手が教えてくれました。そういえば新谷選手も引退してから復帰した選手。プロ野球で話題の新庄監督も、現役復帰を目指してトライアウトに参加しました。

それくらいのノリでいいんです、本来は。支えてくれる人や会社があって、アスリートによってはファンもいます。だから「休みます」とは言い出しにくいし、休んだまま辞めたら尻切れトンボ感が否めないし、だからといって「男子に二言なし」なんぞ、今の時代には流行らないのでしょう。

アスリートの引退宣言なんて、子供の絶交宣言みたいなもの。「今はそんな気分」くらいに受け取っておくのがいいのかと。もちろん、本当に競技から離れる人もいるのでしょう。でも、半分くらいは引退宣言をしたから引き返せないでいるんじゃないかと。宣言したのに戻ってきて、結果が出なくて「何しに戻ってきた?」と叩かれる。

まあこの国では前言撤回は信頼を失いやすいので、確固たる自分を持っている人、周りの目を気にしない人でないと難しいのも事実。そういう意味では大迫傑さんも新谷仁美選手も新庄さんも、自分を確立してる人でなるほどなと思ったり。周りが何と言おうと気にもならないし、自分らしく生きる道を選ぶだけ。

アイドルなんかはグループを抜けるときに、引退という言葉ではなく、卒業と言います。そこから新しい人生が始まるという意味を込めているのでしょう。誰が言い出したのかは知りませんが、面白い表現です。芸能界をやめる場合には、卒業後は芸能界を引退となるわけです。でも、再開したくてニーズがあれば戻ってきてもいいわけです。

ただやっぱり、区切りを付ける意味があるんでしょうね。人生のどこかにポイントを打っておく。そうしないと、次のステップに進むために後ろ髪を引かれるから。だとしたら引退以外の言葉があるといいなと、物書きとしては思うわけです。卒業でもいいのですが、「マラソンを卒業」となると、やはり競技には戻りにくいもの。

「離脱」とか「離陸」とか。これは真面目に考えないと思い浮かばないので、あまり深く考えるのはやめておきますが、「引退」はいまの時代にはそぐわない言葉なのは間違いありません。それしかないから、その言葉を使っただけ。でも人によっては「身を引くって言ったじゃん」となる。

最適な言葉があればそんなことにならないのに。いまのアスリートのストイックさを考えれば「還俗(げんぞく)」なんて……いや若いアスリートやアイドルが「還俗します」と言ったら、インタビューする人も「?」となりかねません。きっとストイックな人は引退しても俗には戻らないでしょうし。

こう考えると言葉というのは面白いもの(もはや引退するとか復帰するとかどうでもよくなった)。世の中には表現できないものがたくさんあって、それを無理やりひとつの言葉で結びつけようとする。「愛」とか「恋」とか、共通化してわかったつもりになるわけです。

その共通化が誤解を招いているのに、それを修正しようとしないのも人間の面白いところ。私の感じる「苦い」と他の人が感じる「苦い」が違う可能性。私の「限界」と他の人の「限界」が違う可能性。私たちはわかりあっているようで、何もわかりあえていないという事実。これはとても興味深い話です。

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