
大腸検査の結果は「問題なし」とのこと。写真を見てもきれいな状態で、とりあえずこれまで通りの生活を送れるとのことです。だとすれば腰痛の原因がわからないわけですが、わからないことを悩んでも仕方ありません。ストレスということにしておきましょう。
もしくはアイヌの神様の嫌がらせということに。こういうのはウジウジ考えても仕方ありません。お医者さんが大丈夫というなら信じるだけ。そして、また痛くなったときに考えればいい。もちろん、健康な体を取り戻すことが大前提ですが、神奈川に戻ればそこは解決。
健康であるというのはとても大切なことで、私のように好き放題に生きている人間にとって、ある意味死活問題でもあります。あれもこれもできないとなると、毎日鬱々として暮らすことになりますし、その中で創作活動をしたところで、何も生まれませんので。
いや、本当に面白いものは、そういうところから生まれるんですが、私にはそれは耐えられない。性格が捻くれるくらい悪いことが積み重なって、世の中を恨むくらいの思想になってこそ、常識の壁を超えた作品が生まれます。真面目にまともに生きてても、つまらない作品しか生まれません。
もちろんひらめきだけで万人に認められる創作ができるほど世の中は甘くなく、ひらめきを持った人が、そこから一歩もしくは半歩ほど譲歩して大衆に近づくことで、良い作品が生まれます。時々才能だけで乗り切る人もいますが、それは例外中の例外。
私のような凡人かつ常識人は、世界を驚かせるような創作物を作り上げられないことは、それはもう自然の摂理のようなもの。ただ、情報を正しく伝える、誤解のないように伝えるという点においては、私はそれなりの能力があり、それはそれでニーズがあるわけです。
ただそれも健康な体があってのこと。きちんと食べて、きちんと寝て、きちんと走る。それを継続するために、健康的な生活を阻害するものはできるだけ削ぎ落としていく必要があります。今はその途中。8月は環境を整える月間という位置付けにするつもりです。
必要ないものをどんどんと削ぎ落としていく。そしてやりたいことをどんどんと積み重ねていく。新しい未来はきっとその先で待っているはずなので。もっとも、その未来が素敵なものなのか、それとも地獄のようなものなのかはたどり着いてみないとわかりませんが。
ただこの5ヶ月で学んだのは、組織の中に入るのは性に合わないということ。そんなことは20代ですでにわかっていたことなのですが、40代になって少しは丸くなって、人付き合いも上手くなったなんて勘違いしていました。全然とんがったままでした。
社会でもまれてないから角が取れてない。だったらもう、角が取れてない自分でいこうかと。そのためにはフリーランスでいること。どんなに好条件でも組織の中には入らないこと。人助けの範囲ならいいけど、命懸けでやるのは今回が最後です。
幸か不幸か体調を崩したことで、いろいろと検査もでき、その結果として健康であるとわかったわけです。これは神奈川でのリスタートとしては幸先がいい。不安のない状態でまた神奈川での暮らしを再開する。ただ、これまで通りではなく、今度は先を見据えながら。
やっぱりいつかは長沼町で暮らしたいですし、東北でも暮らしたい。鶴巻温泉は気に入っていますが、水道水が美味しくないので終の住処にはなりません。少なくとも40代のうちに次のステップへと進めるように、ここからは自分のやるべきことに集中するとしましょう。