ハセツネ関連の記事を多くの人に読んでもらっていた裏で、実は別の記事が軽くバズってます。ちょうど同じ日にvingowというサービスに記事を拾ってもらい、そこからfacebook経由でブレイクした?
「日本人の95%がランナーではないことを忘れてはいけない」という記事ですが、先週書いた時にはそこそこ読んでもらえたのですが、ここにきて今日だけで5000PV近くになっています。
ページビューだけがすべてというわけではありませんが、読んでもらって何かを感じ取ってもらった結果広まっていく。これは純粋に嬉しいことです。
先日友人に「共感されたいとか思わない?」と聞かれたのですが「それはない」とわたしは答えました。共感というのはわたしの考え方に近づくこといことで、それではわたしの個性が薄れていくわけです。
わたしはあくまでも世の中の異物でいたい。
異物だから、ちょっと気になる。気になるから見てみたけど「わたしならこう考える」これを読んでくれ人、それぞれが行うことでわたしは異物でいられます。
わたしとfacebookで繋がっている人は知っているかもしれませんが、ブログ記事をシェアしたときに「こういう考え方もあるんじゃない?」ってコメントしてくれる人が結構います。大好きですそういう人たち。
以前なら「何言ってんねん!わかってないくせに」なんて偉そうなこと思ってましたが、最近はほぼ「おぉその方向から見るのかぁ」という驚きが嬉しくて仕方ありません。
facebookにしてもtwitterにしても「そうは思わない」とわざわざ書き込んでくれる人は、強い気持ちを持って書いてくれています。強い気持ちになる何かがそこにあるのだから、おそらくわたしとは違う正義があったりするわけです。
知りたいじゃないですか、自分とは違う正義。
それを知ったら、これまで何度もぶつかっていた壁をひょいと乗り越えることができるかもしれません。常識を疑う前に、まずは固くなった自分の思考を疑う。
大切なのは、決して自分を信じていないわけじゃないということ。わたしは自分を100%信用しています。だから自分を疑える。自分を信じていない人が自分を疑いだすと心がボロボロになることもあるの注意してください。
自分と違う意見に出会ったら、思考をいったん相手にすべて預ける。わたしは共感されるのは望んでいないのですが、共感することは大好きです。そうやって相手の美味しいところだけ持って行くズルいやつです。
でもこうなれるのに40年も掛かってしまいました。不惑「四十にして惑わず」とはよく言ったものです。そういえば「三十にして立つ」で最初の独立を果たしました。
そう考えると天命を知るのはあと10年もかかるのか・・・
物書きになってからやってきたことが小さくですが、春の訪れに合わせて芽を出し始めました。まだ半年しか経っていません。会社に残っていたら絶対に乗れなかった流れに乗っています。
でも調子に乗らないこと。間違っても注目されるための記事は書かないこと。知ってもらいたいことを、ひとりでも多くの人にわかりやすい言葉に変換して伝える。わたしは翻訳者(たったいま肩書が増えました)。
相手の立場になって、相手に共感できなければ、その人の言葉を翻訳することはできません。大事なのはわたしの思いではなく、目の前に起きたこと、誰かの言ったことを誤解がないように伝えること。これがわたしのスタイルです。
まだまだ誤解されることが多いのは修行中の身ということで許してください。
これからも丁寧に、何かを伝えていければきっと10年後に天命を知れるのでしょう。
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