facebookやブログで、裸足系ランナーの間で話題になったナイキの2時間を切るためのシューズ「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリート」ですが、いくつかの誤解もあるかと思いますので、わたしの知っている範囲で説明します。
裸足王子こと吉野剛さんが、ドーピングシューズという面白い表現をし、このシューズで2時間を切ったところで、どうなのかという切り口でブログを書いていました。
【重要問題】ナイキのドーピングシューズ堂々発表!? 大手メーカーはやりたい放題…(NEW YORK TIMESより)
確かにこのナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリートは、ちょっとやり過ぎな感が否めないのは事実です。でもこのシューズに込められた思いというか、このシューズの開発された経緯を考えると、「このシューズずるいんじゃない」という流れにはならないような気がします。
ナイキはいま、フルマラソンの距離を2時間以内で走るためのプロジェクト「Breaking2」を行っています。そのために3人のランナーが選ばれて、世界中のトップクラスの学者や技術者がプロジェクトの成功に向けて活動をしています。
それはこれまでの常識を一度リセットして、まっさらな状態からマラソンに関するノウハウを構築しています。
それらはすべてフルマラソンの距離を2時間以内で走るためです。ポイントになるのは「フルマラソンの距離」を2時間以内に走るということであって、フルマラソンレースを2時間で走るということではありません。
かつて、人類には1マイル4分の壁というものがありました。マラソンに携わっている人なら有名な話なのですが、1923年にフィンランド人ランナーが4分10秒3という記録で1マイルを走り、それから31年間この記録が破られませんでした。
人間はどうやっても1マイルを4分以内に走るのは不可能。それが当時の常識でした。ところが31年後にイギリス人のロジャー・バニスター卿が3分59秒4という驚異的なタイムを叩き出しました。
するとどうでしょう。なんとその46日後にオーストラリア人のジョン・ランディが3分58秒0の記録で4分を切ったのを皮切りに、1年の間に20人以上のランナーが4分の壁を超えていきました。
結局のところ1マイル4分の壁というのは心理的な壁でしかなく、人間の体の限界ではなかったわけです。
それがフルマラソンの2時間の壁にも言えるのではないか。もしBreaking2プロジェクトで2時間以内で走りきるランナーが出てきたら、フルマラソンもサブ2の世界に突入するかもしれない。
Breaking2はそんな思いで立ち上げられたプロジェクトです。
そして、シューズという面からそれをサポートしているのがナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリートです。
そんな思いがあるならドーピングシューズは許されるのか?そもそもこのシューズが問題視されているのは、ソールにカーボンの板を仕込んでいることにあります。
カーボンの反発力を利用して、推進力を生み出しているのですが、これは人工的な力を生み出しているじゃないかという考え方なのですが、この推進力を生み出すための構造の可否についてはとても難しいものがあります。
カーボンでないにしても、現在販売されているほとんどのシューズにスタビライザーと呼ばれる樹脂の部品が組み込まれています。このスタビライザーによってまっすぐに走りやすく、推進力を生み出しています。
樹脂ならOKでカーボンならダメなのか、それを決めることは誰もできません。
わたしは昨年のクリールのシューズトライアルで、カーボンを搭載したシューズで走ったのですが、非常に扱いづらいシューズだったように記憶しています。自分の接地のタイミングから足が離れるまでの一連の動きが、カーボンによって阻害されます。
阻害されるのにスピードがでるので、気持ち悪い感覚だったのを覚えています。
それでもそのカーボンに推進力を与えているのは、自分自身の足であり体です。決してエンジンやモーターを積んでいる訳ではありません。裸足系ランナーにしてみれば、反発力をシューズに頼っている時点でNGなのでしょうが。
でも、このシューズがしたいことは決して「2時間を切った素晴らしい」なんてことを言いたいわけではなく(ナイキはそう言ってしまうかもしれませんが)、本質は人間の体はフルマラソンの距離を2時間以内に走れる可能性を秘めているということを証明し、ランナーの心理的な壁を壊すことにあります。
もしこのシューズで2時間を切ることができるなら、もっと効率の良い走り方さえ見つけることができれば、普通のシューズでも2時間を切ることは可能だという仮説を立てることができます。
裸足やシューズにこだわらずに、純粋に人間がフルマラソンの距離を2時間以内に走れる瞬間を見たくないですか?そしてそこから過去の常識が崩れていく瞬間を見てみたい。
裸足に無限の可能性があるのと同じように、人間にはまだまだ可能性があるということを証明したい。裸足とナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリートではアプローチの方法がまったく違いますが、目指している先はそれほど変わらないようにわたしは感じています。
人間の限界に挑戦していくという姿勢をわたしはとても共感しますし、自分も頑張ろうという気にさせられます。
いや、わたしの場合はスピードを追うことが目的ではありませんし、もう裸足で速く走ろうなんて1mmも思っていません。裸足でゆっくりと走るフルマラソンを走る楽しみを覚えたら、1分1秒を削って追い込んでいた過去の自分が小さなものに見えてきます。
それでもわたしなりに人間の限界に挑戦はしています。いや、わたしの場合はわたし個人の限界への挑戦ですね。
裸足で走り、マイロード靴総合設計のシューズに出会ったことで、わたしは走りながら自分を治癒できる力を身につけることができましたし、この1年で足の感覚が飛躍的に上がりました。
これをもっともっと追求していきたいわけです。それはBreaking2に関わっている人たちが本気で2時間の壁という心理的な壁を壊そうとしているのと同じです。わたしも自分自身の壁を壊すために毎日走っています。
それが人生を面白くしてくれると信じている。ただそれだけのために。
もっともわたしがどんなに力説したところで、きっと裸足系のランナーにとってナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリートは受け入れがたいシューズであることには変わりないのでしょう。
裸足で走る人たちの多くはシューズでケガをして裸足に救われた人たちです。シューズが憎き敵になっても当然です。
でもシューズを履いてケガをしたのは本当にシューズだけの責任?わたしは自分自身にそう問い続けてきました。現時点での結論は、シューズに問題があったとしてもケガをしたのは自分の問題であり、自分の責任だと思っています。
なぜなら、いまはどんなシューズを履いても、そのシューズの特性を理解して、走り方を選ぶことができるから。
過去のわたしがケガをしたのは、そういうことができなかったから。シューズの特性を感じられないほどの未熟な感性で、そして足のSOS信号を無視して走り続けた結果です。
どんな物事でもどの角度で見るかによって、見え方が変わってきます。
ナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリートに対して、ひどいシューズという角度から見るのも自由。サブ2の夢を描きながら見るのも自由です。ただ、どうせ見るならワクワクしたいなと、わたしは思うわけです。
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