勝田全国マラソン:WA承認シューズでタイムと順位が公認されなかった件について

2025年1月26日(日)に開催された第72回勝田全国マラソンで、3位の選手がWA承認シューズで走ったにもかかわらず、レース後のシューズ検査で「ソール厚さが40mm以上あった」とされて、順位とタイムが非公認になったとXで話題になりました(その後本人が誤審だったと報告されたそうです)。その結果、いわれもないことで大会運営や日本陸連が悪者みたいな扱いになっています。

しかも、あまりにも多くシェアされて、間違った知識が広まっていく可能性があったので、ランニングシューズのソール厚さについて、正しい情報を発信していきます。最初に伝えておきますが、私は個人や大会、メーカーを責める立場にはありませんし、誰かを否定するつもりもありません。そこだけは忘れずに読み進めてください。

※Xでの情報提供で、本人のコメントで「誤審ということでした」との投稿があったそうです。私はその投稿を読めないので確認はしていませんが、誤審である可能性も含めた内容に修正しました。

目次

マラソンシューズのソール厚さは40mm以下

ランニングシューズの厚底化にともない、マラソンの結果がシューズ性能で決まるスポーツになってしまった時期がありました。このままではシューズ開発が加熱化しすぎて、何でもありの状況になってしまう可能性があったため、WA(ワールドアスレティックス)がマラソンシューズのソールは40mm以下と定めました。

※WAは陸上競技の国際競技連盟で、日本陸連の世界版だと考えてください。

この40mmという数字にどこまでの正当性や公平性があるのか、どのような知見に基づいて決められたのかはわかりませんが、ルールとして決められています。私が最近になってこのルールについて熱くなっているのは、メーカーが「一般のランナーには関係ない規則」というスタンスをとっているケースが増えているように感じたからです。

明確に「マラソン大会で履いてほしい」としているの、把握しているだけで1社。インタビュー記事で「一般のランナーは関係ない」というニュアンスの発言を担当者がしたのが1社。ホームページにソール厚さの記載がなく、「レースで履けば記録更新できる」という表現をしているのが1社。

そうでなくても、受け取り方によっては「レースで履ける」と勘違いしそうになるキャッチコピーを使っており、明確に「規格外」として厚底シューズを出しているのは、私の知る限り2社だけです(おそらく他にもありますが)。これがソール厚さについての現状です。

  • マラソンシューズの「ソール厚さは40mm以下」がルール

WA承認シューズという存在

マラソンをはじめとした陸上競技には競技規則があります。日本の場合は「日本陸上競技連盟競技規則」によって、さまざまな競技のルールが定められています。ソール厚さもそのひとつですが、「日本陸上競技連盟競技規則」そのものは、WAの規則をベースとしています。

WA規則をもとに、日本国内における例外事項などを加えたものが「日本陸上競技連盟競技規則」であり、公式な陸上競技としてのマラソンを走る場合、この規則に従わなければルール違反となり、記録や順位が認められなかったり、失格になったりします。

ただ、ランナー側にしてみれば、購入時にソール厚さを測るわけにもいきませんので、どれが履いてもいいシューズなのか判断するのは困難です。そこでメーカーがWAに申請し、承認されたシューズをWAがリストにして後悔しています。このリストは毎週更新されるので、新製品でもすぐに反映されます。

今回話題になっているのは、WA承認シューズでありながらもタイムと順位が認められなかったということです。少し状況を整理します。もう名前は出ていますが、ここではAさんとしておきます。

  • Aさんは「HOKA CIELO X1」を履いて勝田全国マラソンに出場
  • HOKA CIELO X1はヒール部のソール厚さが39mmのWA承認シューズ
  • レース後にシューズの計測があり、計測値が40mmを超えていた
  • 規則違反として記録と順位が公認されなかった

※ソール厚さはプレスリリース参照

これだけ読むと「認められたシューズを履いてルール違反となるのはおかしい」ような気がしますよね。実際にそう感じた方がXに投稿したわけです。ランニングシューズに対して、大きな影響力のある方というのもあって、100を超えるリツイートや引用があり、14万ビュー以上も見られています。

ところが、マラソン競技に携わる仕事をしていて競技規則を把握している人なら、そのような考えにはなりません。なぜなら、大会運営も陸連も何ひとつとしておかしいことはないからです。

ソール厚さに対するランナーの勘違い

今回、このようなことになったのは、ソール厚さについての共通理解がされていないことが原因だと私は考えています。日本陸連の周知不足と言う人もいますが、日本陸連はホームページ上で丁寧に説明をしているので、周知不足とは思いません。

どちらかというと、ランナー側の勘違いのほうが大きいように感じています。その理由について解説していきます。

WA承認シューズならルール違反にならないという勘違い

まず1番のポイントである「WA承認シューズなのにルール違反になった」という点について説明します。WA承認シューズなんだからそもそもレース後の検査すらいらないじゃないかと考えている人もいるはずです。

でも日本陸連の公認大会においては、どんなシューズを履いていたとしても、フルマラソンを2時間21分以内(女子は2時間56分)で走るとレース後に「靴底の厚さを測定する」と規定されています。勝田全国マラソンの大会要項にも記載されているためこれで結論は出ているのですが、もう少し深堀りしていきましょう。

なぜWA承認シューズであってもレース後に測定するのかというと、下記のようなことが起きた場合に外観だけでシューズのモデルを判断したのでは、違反を見落とす可能性があるためです。

  • インソールを交換した
  • シューズをカスタマイズしてソール厚さを増した

規定されているソール厚さはインソールを含めての数値であり、仮に製品には厚さ1mmのインソールを使っていて、ソール厚さ39.5mmだったとします。このインソールを厚さ2mmのものに交換すると、ソール厚さが40.5mmになってルール違反になります。

また、資金力のあるメーカーがランニングシューズをより多く売るために、契約選手にソール厚さ40mm以上にカスタマイズしたシューズを提供するということも考えられなくもありません。レース後に計測することが、そのような不正の抑止力になります。

いずれの場合も、ランニングシューズの外観だけでは判断できません。もし、WA承認シューズだからというだけの理由で計測を不要にしていたり、ソール厚さの計測値が40mm超えても問題ないとしてしまうと、そこはもう無法地帯になってしまいます。

レース後にシューズの計測を行うのは「不正していません」を証明するためであり、そのうえで記録を公認するのに必要な作業だからです。また、WAは「承認リストに掲載されていても、厚さが規定値を超えていた場合には使用は認められない」としていることも付け加えておきます。

ちなみに既存のインソールを別のインソールに変えた場合、メーカーによる別途申請と承認が必要になります。なので特別な理由がない限り、レースで履くランニングシューズはインソールを交換しないようにしてください(私を含め検査される人はほとんどいませんが)。もちろん、練習ではどんなインソールを使っても構いません。

話が複雑になるので、「インソールの厚みにどれくらいの効果があるのだ」とか、「ソール厚さが40mmを超えたから助力が増えるかどうかはわからない」という話は置いておいてください。あくまでもルールに則っているかどうかだけの話です。

正しく計測できないという勘違い

ソール厚さの計測は難しく、測定者によって結果が変わると主張する人もいますが、ランニングシューズのソール厚さの計測器があり、基本的には誰が測っても安定した計測値になります。しかも計測には10数秒しかかかりません。少なくとも日本陸連公認の大会では、この測定器が持ち込まれています。

ちなみにソール厚さはメーカーの公表値ではなく、実測値が優先されます。メーカーが38mmとしていても、実測値が41mmあったら、原則として記録と順位は公認されません。「原則」があれば「例外」もあるのですが、それについては次項で解説します。

これは上記で説明したとおりで、インソールの交換やシューズとインソールの間に何かを挟んでいる可能性もあり、さらにはメーカーがソール厚さをカスタマイズする可能性だってゼロではありません。それを見抜くために、実測値が優先されるというわけです。

いずれにしても、「測定なんて計測者で変わる」「大会会場で正しく測るなんて無理」というのは勘違いだとわかってもらえたかと思います。

※誤審だったとの情報提供をいただきましたので、可能性として測定ミスも考えられますが、誤審内容までは分からないため、記事内容はそのままにしておきます。計測ミスだった場合に、「計測ミスはあり得る」という内容に変更する可能性があります。

ソール厚さが40mmを超えたら即アウトという勘違い

WAにランニングシューズを承認してもらうときの条件のひとつが「ソール厚さ40mm以下」なのですが、これはすべてのサイズを計測するわけではありません。基準となる26cmのシューズのみ測定して、承認するかどうかを判断します。ところがソール厚さは次のような特徴があります。

  • 製造による誤差がありソール厚さが完全に均一になるわけではない
  • サイズが大きくなるとソール厚さも増えていく

このように、同じモデル・同じサイズのランニングシューズでも個体差がありますし、サイズが大きくなるとシューズのバランスとしてどうしてもソールも厚くなってしまいます。

そんなことは日本陸連もWAも把握しており、基本的には26cmで40mm以下なら、問題ないとしています。このため、ソール厚さを計測して40mmを超えたら即アウトとなるわけではなく、個体差やサイズ差は考慮してもらえます。

では、何mmまでOKなのかというと、ここがグレーゾーンになっています。許容範囲は1mm程度だろうとされていますが、明文化されているわけでもなく、あくまでも「だろう」でしかありません。そういうところが日本陸連の良くないところだと文句が出そうですが、この問題について日本陸連は悪くありません。

なぜなら日本陸連はWAに対して、サイズが大きくなることで靴底がどれほど厚くなるのかの換算表を公表するよう要望しています。日本陸連で勝手に決めればいいじゃないかと思うかもしれませんが、日本陸連が1mmを許容としたところ、後からWAが 0.5mmとしたら、日本での記録がWAの記録として使えなくなります。

WAが答えを出せばいいのですが、おそらくそれは簡単な作業ではなく、線引きを間違えると、これまで出た世界記録などの公式記録の一部が「規定外のシューズで走った記録」となる可能性があります。実際にサイズによるソール厚さの違いが数ミリを超えるシューズもあるようで、メーカーからの聞き取りなどもしつつ慎重に検討しているのだと思います。

いずれにしても40mmを超えたら即アウトではなく、「原則としてソール厚さが40mmを超えるのはNGだけど、サイズによる厚さの違いや個体差は許容される」ということは頭に入れておいてください。

グレーゾーンの判断のために審判長がいる

現状ではWAがサイズと厚さの相関についてのデータを出さない限り、グレーゾーンがなくなることはありません。グレーゾーンをなくすとなると「40mmを超えたものは一律アウト」とするしかなく、個体差を考えるとランナーが自分で測定するか、メーカーが1足ずつ測定して、「問題なし」の印をつけて売るしかありません。

でもそれは現実的ではありません。全数検査なんかしていたらランニングシューズの価格はさらに高くなります。ではグレーゾーンをどう判断するのか。答えはとてもシンプルです。そういう判断をするために、マラソン大会には審判長がいます。

審判長がグレーゾーンにあるランニングシューズに対して、公平であると判断できない場合は「記録を認めない」とするわけです。良識ある方だと「疑わしきは罰せずであるべきは?」と指摘するかもしれません。ただ、スポーツのようにその結果が人生を大きく左右される場合、「公平である」と言い切れない状況を認めることはできません。

ソール厚さがメーカーの公表値が39mmで、実測値で40mmを超えていたとします。そのシューズが26cmだとすると、製造誤差だけで1mm以上も増えることは考えられないので「何らかの細工がされている可能性があるからNG」と判断される可能性があります。

ところが同じモデルでも計測したシューズが30cmだったとすると話は変わります。サイズが大きくなるとソール厚さが増え、そこに製造誤差があることを考慮すると「公平性は保たれているのでOK」と審判長が判断する可能性がでてきます。

それなら審判長によって判断が違うじゃないかと思うかもしれません。当然そうなりますが、それは世の中の裁判と同じです。明確な数値だけで決定できないなら人が判断するしかなくなります。人はそれぞれ判断基準が異なるわけですので、同じシューズでも審判長によって(大会によって)使用の可否判断は分かれます。

納得できないかもしれませんが、それがマラソン競技の規則であり、マラソン大会に参加するということは、それを受け入れることを意味します。規則は受け入れないけどマラソン大会には参加するというのでは、スポーツ競技として成立しなくなります。

そして勝田全国マラソンでは、測定値が40mmを超えており、審判長が「許容できない」と判断した材料があったというだけのことです。

※誤審だったとの情報提供があり、それが事実なら「許容できない」とした判断材料が「間違っていた」ということになります。誤審内容はわかりませんが、人間ですからミスは起こりうるのですが、誤審が起こることも、それにより結果が覆ることもあるというのも頭に入れておかなくてはいけなさそうです。

ちなみに「審判長」としていますが、こらはあくまでも一般的な役職として便宜的に使っているだけで、勝田全国マラソンの組織として誰が判断しているのかは知りません。ただ、普通に考えれば審判長の役割であり、余程のイレギュラーがなければ間違ってないはずです。

日本陸連も勝田全国マラソンの運営も正しく機能している

写真は勝田全国マラソンのものではありません

今回伝えたかったのは、この件に関しては日本陸連も勝田全国マラソンの運営も間違ったことはしていない(誤審というミスが発生した可能性はありますが、検査することもWA承認シューズでも計測は必要で、ケースによって「公認できない」と判断するという対応において)ということです。正しいことをしているのに、いわれもないことて批判されたり、評価を下げたりしてしまうことを避けたくて、あえて記事にしました。

ではランナーが悪いのかというと、そうとも言えません。市販のシューズを買ってそのまま履いていたのなら、事故にあったようなものですし、陸連規則をちゃんと目を通していたとしても事前計測をしない限り、回避することはできません。また、投稿を読む限り、本人は陸連や勝田全国マラソンに対して拳を振り上げているわけでもありません(私が確認したわけではありませんが、誤審ということで決着したと情報提供していただきました)。

彼は順位と記録が認められなかったという投稿をして、それに強く反応した方がいたというだけのこと。そしてそこによく燃えるよう薪を投入した方がいただけで、それこそ最近のXの通常運転です。もっとも今回の件については、もっと裏があると思っていますが、推測の域を超えませんし、話がややこしくなるからここでは書きません。

ただ、陸連や勝田全国マラソンの運営を批判した方は、できるだけ早く投稿を取り下げたほうがいいと思います。開示請求なんてことはされないと思いますが、投稿そのもの(煽りも含めて)が「私は競技規則を理解せず大会に出ているランナーです」と主張しているようなものになりますので。

1度投稿した内容を取り下げるのは潔くないとするなら、訂正の投稿をするのでもいいかとは思います。

ただ、実際にどう対応するかは自由です。ひとつだけ伝えたいのは、マラソンを競技として向き合うなら、競技規則と日本陸連のサイトを隅々まで読んでほしいということ。私がここで書いたことはすべて日本陸連のサイトに記載されていますから。

日本陸連:シューズ規則に関して
日本陸連:シューズ規程改定に関するQ&A

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