「人はなぜ走れなくなるのか」これがいま、わたしの取り組んでいるテーマです。人間の体の仕組みとしては走り続けることができるように作られているのに、人間はなぜか走れなくなります。
どのようにすれば長く走り続けられるかという方向性でこれまでやってきましたが、アプローチ方法を180℃方向転換しています。
「どのようにすれば長く走り続けられるか」だけで考えると「アミノ酸がいい」「◯◯筋を鍛える」「裸足がいい」などなど様々な手法がすでに語られています。ただ、そのほとんどが「なぜそうなのか?」の議論が抜けています。
一見きちんと理論立てされているように見えます。でも実際はそれぞれの理論を正当化するために、都合のいい理屈だけで成り立っているものが多いように感じます。
アミノ酸やストレッチをする意味などがその最たるものですが、これに関してはまた別の機会に。
「人はなぜ走れなくなるのか」に対する一つの仮定
そこで「人はなぜ走れなくなるのか」に対する一つの仮定を立てて実験してみました。
その仮定として「体内の水分・ミネラルバランスが崩れるから走れなくなる」というものです。
簡単にいえば熱中症のメカニズムなのですが、熱中症にならないまでも人間の体の中の水分とミネラルのバランスが崩れると走れなくなるのではないかとわたしは考えました。
だったら、体内の水分を走る前と同じ状態をキープすればいいわけです。
鶴巻温泉から大山まで24km、累積標高差1650m。このコースを出来る限り体内の水分を失わないように走ることが今回の試験です。
春先であれば、500mlの水を1本だけ持って走りますので、今回は気温がやや高めですのでポカリスエット500ml2本とおにぎり2個です。
ポカリスエットを選んだのは、体液との浸透圧が同じであるため、失った汗の分飲めばいいというわかりやすい計算をするためです。基本的には12kmで500mlを消費する計算です。
走り方としてはとにかく心拍数を上げずに発汗を極力控えました。わりと走れる場所でも「汗で体を冷やすためのスピード」を維持します。
結果的に24kmで5時間ちょっとかかっていますので、そこそこゆっくりです。ちなみにここを歩くと往復で10時間半ぐらいかかるそうです。
実際に走り終えた結果
給水は上り坂になったら一口飲むというスタイルです。細かくは設定していませんが、6kmで250ml飲んでいればOKというような大雑把な計算でしたが、24km走り終えてちょうど2本を消費できました。
ここでポイントになるのは「こまめな給水」です。マラソンのエイドのようにコップ1杯も飲むようなことはしません。口の中を少し潤す程度。汗で流れ出た分だけを補い続けます。
おにぎりは上りの9km地点と11km地点でそれぞれ1個ずつの補給しました。
走る前の体重を計測し忘れたのですが、前日夜の段階で54kgで走り終えた後の計測で53.5kg。数字だけで言えばもう1本飲んでいればちょうどいい計算になります。
ただし人間の体として体重の2%までは水分が減っても問題はないとされているので、わたしの場合は1kgまでのマイナスは許容範囲。体は水分不足の状態にはなっていません。
しれっと書きましたが、走り終えて体重の2%以上減っている人は「要注意」なので気をつけてください。
実験として体内に水分不足を起こさせずに24kmのトレイルを走ることには成功しています。
体内の水分が減らないことで感じたこと
大事なのはここからですよね。
まず走り終えていつもと違うのは、体が水分を欲していないということです。これまで大山のコースは何度も走っていますが、ほぼ毎回、山から降りたあとは体が水分を求めます。
あたりまえですが、今回はその感覚はまったくありません。
そして筋肉の疲れはあるものの、気持ちとして「疲れた」という状態にはなっていません。なんだったらもう1本走りに行けるぐらいの気力が十分に残っています。
まだたった1回の実験ですので、わたしの仮定を正当化するわけにはいきませんが、「体内の水分・ミネラルバランスが崩れると走れなくなる」に対して、「体の状態を変化させなければ疲労感が少ない」というひとつの解を得られました。
熱中症対策に水分補給は重要ですが、水分補給は熱中症対策だけのためではなく、長い距離、長い時間を走り続けるためにも重要で、しかも水ではなくポカリスエットのような浸透圧が体液に近いものが有効と考えられます。
簡単な話が、ウルトラマラソンではポカリスエットを1本持って10〜20kmで1本消費すれば、走れなくなる要素がひとつ消えることになります。
問題はわたしがポカリスエットを好きじゃないといった、個人的なところにありますが・・・
体内の水分を減らさないければ練習の質を上げられる
体全体の疲労感は少ないのですが、筋肉の疲労がいつも以上にあります。
これまでは筋肉を追い込む前に気持ちの部分で「疲れた」として歩いたりしていたのかもしれません。ところが水分バランスが崩れていないため、「もう走れない」という気持ちにならないため、いつも以上に筋肉を追い込めたのかもしれません。
その結果としていつも以上の筋肉痛を感じているとすれば筋が通ります。
ということは普段の練習でも、体の水分が不足しないように注意すれば、練習の後半で気持ちがダレることもないのかもしれません。そして体を追い込むことができるため、体の成長の幅が増えるという理屈が成り立ちます。
同じ練習をしていても、水分と塩分を切らさなければ質の高い練習ができます。
もっともまだこの仮定は詰めの甘さもありますので、すべて「可能性」でしかありません。ただ、この水分の考え方だけは来週の飛騨高山ウルトラマラソンに導入して、100kmで実験してみるつもりです。
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