弱者:速さのために弱くなるか、強さのために速さを手放すか

これまでも何度も書いてきたことですが、マラソンランナーというのは、あらゆるアスリートの中で最も弱い存在だと思っています。体力はありますが、その体力を活かせる場所がほとんどありません。そして、潜在的に体が弱いという一面もあります。

走っているのだから、世間の人からすれば「ランナーは健康的」なのですが、1日5km以上走ってるランナーは体内の酸化が進んでおり、走っていない状態よりも老化が進みやすい傾向にあります。ランナーの肌年齢は実年齢より高くなりがちであることもそれを証明しています。

そして何よりも、腕力がありません。殴り合いで弱いことはとりあえず無視するとして、とにかく重たいものを持つことができません。限界まで筋肉も脂肪も落としているので、それでこそランナーにわけですが、いざというときに全く役に立ちません。


いざというときなど一生に一度あるかないかの話ですが、少なくともこの国で生きている以上、想定外の大災害に遭遇する可能さはゼロではありません。そうなったときに、無力さを感じることになるのがランナーです。体は動くのに役割が何もない。

勘違いしないで欲しいのですが、別に私はランナーを下げたいわけではありません。ただ自覚はしてもらいたいなと。XなどのSNSでタイムを自慢していたり、強気な発言をしていたりしても、社会においてその能力を発揮する場がないということを。

「誰よりも速く走れる」というのは、「誰よりも優しい」くらいの話。そしてそれは自分の中で誇るのはいいことですが、自らアピールするようなことでもありません。速くなるための努力や姿勢は素晴らしいものがありますが、それは弱くなるための努力でもあります。

それを自覚しつつも命を消すわりながら走る人を否定するほど、私は偉くありません。ただ、私はそこから降りたというだけのこと。自分の力不足で、瓦礫の下にいる人を助けられなかったり、避難所などで重たい荷物を持てなかったりする自分になりたくはありません。

だから昨年末から、定期的に全身の筋トレを始めました。ずっと細かったので、太くなっていく腕に不安を感じてはいます。まだ走れなくなっていく自分を100%受け入れているわけでもありません。ただ、舵はそちら側に切りました。

そして、マラソンランナーが弱いということを再認識してきます。マシンによっては、成人男性の標準ウエイトでさえこなせなかったりします(下半身系は反対に標準よりも重たい負荷でできますが)。年齢的なものもあるかもしれませんが。


「自分はサブ3も達成しているし、筋力も標準以上ある」。そう反論する人もいるかと思います。でも、その人はマラソンにおいて自分のポテンシャルを100%引き出してないだけのこと。言い方は悪いですが、中途半端な取り組みで、世の中の標準を超えているだけ。

マラソンランナーとして自分のポテンシャルを引き出すまで鍛えるということは、筋肉も脂肪も限界まで削る作業であり、その状態で上半身のパワーをつけることはできません。だから私たちは選ばなくてはいけないわけです。速さのために弱くなるか、強さのために速さを手放すか。

私は後者を選んだだけで、それが徒労に終わる可能性だってあります。いや、むしろその可能性の方が高く、鍛えた体を活かせる場がアルバイトのみなんてことも考えられます。それでも私は速さよりも強さを求めた。それだけのことです。

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