配慮:無責任に他人の人生に物申す人たち

日本陸上競技界で将来が期待されている久保凛選手の進路について、Xがザワついています。選んだ練習環境だと成績が伸びないのではないかと不安視されているためなのです。私は陸上競技素人なので意見も何もありませんが、ザワつきかたがよくないなと。

どんな背景があったかは知りませんが、久保凛選手が選んだ環境であり、それに対して不安を煽るような言葉が並んでいて、まずそこがよくないなと。SNSが広まってから、配慮という言葉がこの世界からすっぽり抜け落ちた気がします。

居酒屋で生ビール片手で語っていたことがSNSに広まり、何気ないひと言で他の誰かを傷つける。みんな頭ではよくないこととわかっているけど、いざSNSを使うと、自分の言葉をダイレクトに投稿してしまう。本人にしてみれば独り言のようなものだから、配慮に欠けるのでしょう。


そして何よりも気になったのは、なぜ他人の選択に周りがあれこれ言うのかということ。有名人だから仕方ない?確かに有名人は話題の中心になることがあります。そのなかで褒められることもあれば叩かれることもある。それが有名になるということ。

そこは名前が広まることのリスクとして、あらゆる世界で上を目指す人たちが共通して認識すべきことですが、私が気にしているのは「物申す人たち」の存在です。そんなに他人のことが気になるのか?というのが正直な私の感想です。

誰がどこで何しようが、私の人生には関係ない。これが私の基本スタンスです。身近な人ならなんらかの影響を受けるかもしれませんが、他人の行動を私が変えることはできませんし、他人をコントロールすることもできません。

受け入れるも何もなく、他人は他人、自分は自分でしかありません。久保凛選手がオリンピックで金メダルを取っても私の人生には影響がなく、仮に活躍できずに消えていっても同じく影響はないわけです。それは私だけに限った話ではありません。

もし、何かを物申すなら、その人の人生に関与するというのなら、全面的に責任を待つ必要があると私は考えています。もし久保凛選手の進路にあれこれ口を出すなら(たとえSNSであっても)、彼女の将来に責任を持つ覚悟が必要。

そもそもの話でいえば、他人のことをあれこれ口にする暇があるなら、自分のための時間に使いたいというのが私のスタイル。他人の進路を議論したところで、お腹も膨れませんし、1円にもなりません。もちろん、足が速くなることもありません。


何かを批判するという行為は、基本的に自分のほうが上だという深層心理の上に成立します。そのスタンスも理解できません。自分が周りよりも優れていることなんて何ひとつない。だから日々努力を積み重ねるというのが私のスタンス。

私は坂道グループが好きですが、ライブに行ったりしないのは、彼女たちを応援していないからです。本当に1ミリも応援していません。なぜ自分より優れた者を応援しなくてはいけないのか、応援する暇があったらやるべきことをやる。

もっともそんな人間ばかりでは、スポーツもあらゆるエンタメも成立しないので、同じようなスタンスの人は増えないでほしいところ。ただ、配慮だとか思いやりなどは少しだけでも持っておいたほうがいいかなと提案はしておきます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次