
いろいろなめぐり合わせがあり、10年ぶりに東京マラソンを走ってきました。10年前に、そんな未来が待っているとは思いもせず。むしろ、その1回で東京マラソンは他の人が走ったほうがいいと思って、エントリーすらしておらず、鹿児島に通い詰めた時期もありました。
でも、昨年は東京マラソンをオフィシャルで取材させていただき、今年は走ることができました。ちょうど10年というのは偶然かもしれませんが、今から10年後に振り返ったときに、必然だったと思うのかもしれません。
今回は取材でしたので、自分のペースで走ったのは友人に追いつくところまで。愛媛マラソンが嘘のように心拍数が落ち着いていたのですが、それでもほぼ最後尾からのスタートでしたので、ランナー密度も高くてある程度はスピードを抑えながらの追いかけっこ。
キロ5分のペースランナー、キロ4分45分のペースランナーを追いついて、なんとか友人と合流。そこからはペースを落として並走するだけでしたので、10年前には見えていなかったもの、10年で変わったものがよく見えてきました。
RUNNING STREET 365でも記事にしましたが、やはり外国人ランナーの多さに驚き、そしてそれが何を引き起こしているのか私なりに考え、RUNNING STREET 365にも書いたように「思ったほどは沿道が盛り上がってなかった」という答えにたどり着きました。

これが正しいのかどうかはわかりません。でもこういうことが頭に浮かんだときは、大抵そのとおりだったりします。それゆえに記事の修正を求められる可能性がありますが、それはもう応じるしかありません。できるだけそうならないように書きましたが。
外国人ランナーが多かったこともあり、走っている間に何度も頭をよぎったのは、イスラエルとアメリカとイランのこと。朝食時にそのニュースを聞いたのですが、正直なところ「のんきに走っていていいんだろうか」と気が気でない状態にありました。
東京マラソンを使った報復があってもおかしくありませんし、何よりもかなり深刻なことが世界で起きているのに、自分は走っている場合ではない気がして。もっとも自分が憂いだところで何も変わりませんし、自分にできることなんて何もありません。
この10年で世界は大きく変わりました。中国との関係が修復したと思ったらまた元に戻ってしまい、ロシアとウクライナは終わりのない争いを始めました。そこにイランでの戦争。スポーツと戦争は関係ないと割り切ることはできませんし、走りながら思い出しては胸が苦しくなりました。
それでも東京マラソンに世界中からランナーが集まってくるのを目撃し、そして同じゴールを目指して走っていると、どことなく救われた気分にはなります。わずかとはいえ平和の可能性を感じるわけです。少なくとも東京マラソンで中国と台湾が揉めることはありません。
スポーツそのものが平和をもたらすことはないのかもしれませんが、国境を超えて仲良くなることは難しいことではありませんし、マラソンは肌の色も年齢、性別も関係なく楽しめるスポーツです。だからどんな人でも混じり合えるのだと信じています。
10年前の自分だったら思いつきもしないことですが。この10年の間で尖った部分がかなり丸くなった結果、そのような考え方ができるようになったのかもしれません。ちなみに完走タイムは「4:34:42」。走力もずいぶんと丸くなったようです。

