栄枯盛衰:現在の常識が100年後にも常識であるとは限らない

ネットニュースだったかSNSであったかは忘れましたが、少し前に「いじめはいじめられる側に問題がある」というニュアンスの投稿を読みました。もう何十年も議論されている内容で、私もその考え方そのものを否定するつもりはありません。

世の中には嫌われやすい人というのは存在します。人気者がいれば、不人気になる人がいて当然で、生理的に受け付けられない存在というのもいます。それをなかったことにすることはできませんし、それを前提にすることも、いじめ問題を解決するためには大切なことです。

ただ、いじめられる側に問題があったとしても、いじめるという行為が認められるわけではありません。どれだけその人に問題があろうとも、その人をいじめるという行為は許されません。ここがだいぶ曖昧になっているような気がします。


世の中にはそういったことが多々あります。やってはいけないことが必ずあり、そこにどんな理由があっても、やってはいけないことはやってはいけないわけです。正確には、やってはいけないわけではないが、その行為に対する責任は取らなくてはいけません。

私はどんなことでも「経験」であり、人生でやってはいけないことは「自殺」だけだと言い続けています。他人を殺すということも、やってはいけないことですが、自分の子どもを殺された親に、復讐してはいけないと説けるだけの言葉を私は持ち合わせていません。

ただ、復讐したなら、その罪は背負うことになります。相手が先にやったというのは、自分の不正をの免罪符にはなりません。要するにやってはいけないことをするなら、それに見合った刑罰もしくは仕返しを受ける覚悟が必要になるという話です。

いじめを減らす方法がひとつあります。いじめの定義を明確にして、いじめしたと認定された場合、日本国民としての権利をすべて剥奪するとすれば、間違いなく激減します。もちろん、他の刑罰でも構いませんが、リスクを最大限にまで高めれば間違いなく減ります。

それでもゼロにならないのは、それが人間だから。誰もが支配されたくなく、そのために自分の立場を高くしようとします。これはもう動物としての反応であり、「やめましょう」と言ってなくなるものではありません。ただ、薄れさせることはできます。

方法はいくつかありますが、おそらくこれからの時代はAIがそのように促すようになるはずです。世の中でよくないとされることをAIが人間に刷り込んでいく。今は人間がAIを教育していますが、いずれAIが人間を教育するようになります。


それが10年後なのか20年後なのかはわかりません。もしかしたらすでに始まっている可能性もあります。実験的にはすでに行われていてもおかしくはありません。AIを使って刷り込みをしたら、社会がどう変わるかという壮大な実験。私が思いつくくらいですから、実施されていても驚きはしません。

自分が正しいと思っていることは、実はAIによる刷り込みでしかなかった。滑稽な話に思えるかもしれませんが、すでに現時点での私たちが正しいとしていることも、メディアなどを使った刷り込みの結果とも言えます。恋愛結婚なんていうのもその最たるもの。

好きな人と結婚し家族を作る。当たり前のようなことのようになっていますが、1965年くらいまでは恋愛結婚よりもお見合い結婚のほうが多かったわけです。1935年まで遡ると恋愛結婚は13.4%しかありません。そう考えれば現在の常識も100年経てば非常識になっていてもおかしくありません。だからどうということはないのですが。

\最大10%ポイントアップ!/
Amazon
\ポイント最大47倍!/
楽天市場
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次