効率化:不便さの中にある大切なもの

選挙が近づいているのもあり、インターネット上でもそれぞれの政党が、自分たちの方向性を示してアピールする動画や投稿が増えています。政治について何かを述べるつもりはありませんが、選挙前だけアピールし合うのは、試験前にだけ勉強する学生によく似てるなと。

常日頃から、コツコツアピールしておけばいいのにと思うものの、CMにはお金がかかりますし、何よりも選挙前にやることが最大の効果が得られるというデータなどもあるのでしょう。ただ、カッコ悪いなとは思います。少なくとも私の美学からは離れた行為です。

「効率よく」というのはとても難しい考え方です。たとえば掃除ロボットというのは、掃除の時間を省いて、効率よく家事ができるようになります。私のアパートは1Kで狭いのですが、それでも「小型のお掃除ロボットがあったらな」と考えたりもします。


今年になってから、自宅仕事の日やアルバイトのために家を出るのが8時以降になる日は、毎日掃除をするようになりました。以前は箒を使っていましたが、今はハンディクリーナーとクイックルワイパーを使用。少しの時間とはいえ時間節約のためロボット掃除機が欲しいなと。

掃除を習慣化することで、1日でも部屋が汚れることに気づいてしまいました。こうなると、掃除をしないという選択肢がなくなります。ただ、効率が悪いので、時々Amazonで掃除ロボットを探してしまいます。でも、毎回のように思い止まることになります。

もしかしたら、私は部屋をきれいに保ちたいのではなく、「掃除をする」という行為が好きなのかもしれません。掃除ロボットを導入して効率的になったら、「掃除をする」という楽しみがなくなります。楽しみを失ってまで時間を確保するべきか。

私は好きなことだけをして暮らしたいので、当然のことながら、時間を確保してでも掃除をしたい。ただ、効率は悪いのでなんとかしたい。少なくともハンディクリーナーではなく、スティックタイプの掃除機はあってもいいのかもしれません。

スティックタイプの掃除機だって効率化ではないかと思うかもしれませんが、私は効率化そのものを否定するつもりはありません。世の中の無駄はできるだけ省くべきだと考えており、機械に任せられるものはどんどん任せていくべきというスタンス。

掃除をしなくてよくなるのと、掃除が楽になるのとでは方向性がまったく違います。それでいえば、私の家には洗濯機がなく、衣類はすべて手洗いしています。これも、洗濯する楽しみを優先させてのこと。無意味に思えるその時間が私にとっては大切な時間なわけです。


勘違いしないで欲しいのですが、私はロボット掃除機や洗濯機なんて必要ないと主張したいわけではありませんし、周りの人に「そんなもの使うな」なんて説得したいわけでもありません。掃除や洗濯を自分ですることがプラスに働かないなら、それらは必須。

あくまでも私の価値観で、自分を構成する大切な要素だから取り除きたくないというだけの話です。スティックタイプの掃除機はその大切な要素のクオリティを高める効果が期待できるというだけのこと。ただ、スティックタイプの掃除機も「本当に必要?」と何度も自分に問いかけています。

ハンディクリーナーは数回に1回ゴミを捨てて、フィルタの掃除もしなくてはいけません。でも、それすら楽しいのではないかという気がしているためです。不便だから改善する。その考えそのものが間違っているかもしれません。不便さの中にしかない喜びや楽しみだってあるのですから。

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