
生きていれば不満を感じることなど無数にあります。それをどう飲み込むのか、どう受け入れるのかが大切だと、私はこれまでの50年で学びました。その考え方は受け入れられないという人もいるでしょう。理不尽を受け入れずに戦うというのも悪くない生き方ですから。
ただ、私は権利を主張する人は苦手で、基本的にはそのような存在を避けてきましたし、そのような会話になったときは、笑いにするか受け流すかのどちらかにしています。同調することはしませんし、自身の権利を主張することもありません。
数日前にSNSで、「アルバイト禁止の学校は何の権限があって労働を禁止にしているのか」といったニュアンスの投稿を見かけました。これに対してリプライするか迷いましたが、こういうのはクローズな環境で語るべきだと判断し、ここに書いておこうかと。
なぜ禁止にしているかというと、持続可能な学校運営をするために、それが最適解だと判断したからです。別にアルバイトくらいと思うかもしれませんが、アルバイト先でのトラブルで先生が出ていかなくてはいけなくなる可能性があります。
それは先生の負担であり、アルバイトを禁止しておくことで、未来のリスクを低減できます。先生の負担を減らすことは、健全な学校経営に繋がり、それは生徒に対する余裕を生み、より質の高い教育ができるわけです。アルバイトを認めると、それが崩れる可能性があります。
もちろん99%のケースでトラブルなんて起きません。でも、1%(実際はもっと低い)の確率で起きるなら、その芽を摘んでおきたい。トラブルというのは確率的に起こることなので、仮に0.1%で起こるなら、1000人がアルバイトしている学校なら、毎日何らかのトラブルが起きることになります。

ただ、私の論点はそこにありません。アルバイトを禁止するというのは、その学校が決めたルールだということ。そして、学校に通うということは、その学校が作り出した人を育てるための最適解を使わせてもらうことを意味します。
これは仕事でも同じで、職場への不満を漏らす人がいますが、その人は会社が作り出した儲けの仕組みを利用させてもらって稼いでいるだけ。生徒も社員も利用者なわけです。不満があるならやることは2つだけ。別の組織を利用するか、自分で始めるかのどちらか。
校則に従いたくないなら、理想的な校則の学校に移るか、独学で学力を上げるかのどちらか。会社のやり方が不満な場合も同じで、転職するか独立するか。それでは組織がよくならない。自分が内側から組織を変えて見せる。それは驕りであり、大きな勘違いでしかありません。
問題提起もダメなのか?というなら、それを問題だと思っていることが思いあがりです。仕組みを使わせてもらっている側なのだという認識を持つことが大切。それはあらゆることに通じる話で、コンビニやレストラン、電車やバスなどの交通機関も同じ。
まずはその仕組みを使わせてくれてありがとうと思う気持ち。その裏で仕組みを持続可能にするために努力している人がいて、その人たちへのリスペクトを忘れない。そこまでいかなくても、見えないところで支えている、苦労している人がいることをいつも頭に入れておく。
それでも納得がいかない理不尽なことだってあります。それなら立ち去ればいいだけ。受け入れるか立ち去るか、理不尽や不満に対するスタンスはいつだってその2択です。それでも自分が組織を変えてみせるというのは自由です。でも、消耗するだけということを、新社会人と新入生に伝えておきます。
