換言:「発見」ではなく「出会い」と表現する

砂糖と間食を減らす生活にして、早くも体重が2kg減りました。アルバイト中もいつもより体が動くと感じていたのですが、2kgも余計なものが落ちれば、それはもう天国のような開放感。天国に行ったことはないので、その表現が正しいのかわかりませんが。

先日、血のかたまりを出してから、健康面で大きな変化を感じています。体重が落ちたのもそうですが、寝て起きて、きちんと回復しています。それは20代の頃のような感覚で、久しぶりすぎて少し戸惑っている自分がいます。

蝋燭が消えるとき、火が大きくなるという話がありますが、まさかそれではないだろうかと。体力も気力も満ちていて、食生活でここまで変わるものかと。これを継続していきたいのですが、悩ましいのは大好きな菓子パンを食べられなくなります。


しかも今はイチゴを使った新作がたくさん登場しており、どれも美味しそう。愛媛マラソンが終わったら食べられるわけですが、このコンディションを維持したい気持ちもあります。以前のようにいつも疲れている自分にも戻りたくありません。

程よく食べればいいのでしょうが、私は意志が強いタイプではないので、1度食べてしまうと歯止めが効かなくなります。だからコンビニでスイーツや菓子パンの新作を見るたびに、奥歯をギュッと噛み締めてがまんしています。

「新しいもの」といえば、新しいものに出会うことを「発見」と表現することがよくあります。「旅先で美味しいお店を発見」というのは、旅好きなら誰でも使ったことがある表現方法です。私も無意識に使っていることがあるかもしれませんが、私はこの表現が好きではありません。

たとえばランニングでこれまでと違う走り方やトレーニング方法を思いついたときは「発見」になります。すでに他の誰かが思いついていたとしても、自分がゼロから悩み抜いて見つけたなら、それは「発見」です。少なくとも自分の中では。

でも、美味しいお店というのは、そもそもそこに存在したわけで、私が見つけなくても、埋もれることなく成立していたわけです。それを「発見」と表現するのは、いささか傲慢ではないかと思うわけです。だから私は意識して「出会い」と表現しています。

「素敵なお店を発見」より「素敵なお店との出会い」のほうが物語がありますし、何よりもしっくりきます。では、なぜ人は「発見」と表現するのか。それはメディアや広告で「発見」という表現を、安易に使いすぎているからではないかと。


もちろん私の推測でしかありませんが、「発見」という表現は好奇心をくすぐられる単語で、注目したくなるのでしょう。だから、多くの人に見てもらいたいとき「発見」を使ってしまう。ただ、私のような捻くれ者は引っかかってしまうわけです。

とはいえ、私も気をつけないと使ってしまうくらい、「発見」は私たちの思考にこびりついてしまっています。たとえ私が「日本語は正しく使いましょう」と声を大にしてアピールしたところで、そのこびりつきが消えることはありません。

でも、ちょっと試してみてください。自分の中って「発見」と思ったとき、それを「出会い」に置き換えてみる。ほんの少しですが視野が広くなり、穏やかになる自分を感じられるはずです。だからどうということはないのですが。

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