
基本的には流されながら生きるのが私のスタイル。誘われればそちら側に行き、風が吹けば流されて行く。意識が高い人たちからすると「真似てはいけない生き方」なのかもしれませんが、成功しようがしまいがそれが人生で、どう生きたって楽しければいい。
仮に人生の成功者というものが存在するなら、確かにもっと計画的に生きた方が、成功者に近づけるはずです。でも、いわゆる「成功する」というのは金銭的な余裕があったり、知名度が上がったりするだけで、そうでない人生と大差ありません。
いや、それぞれ別の楽しさがあり、別々の経験が待っていて、最終的にどちらがよかったかなんて比べようがありませんし、比べる必要もありません。お金があれば選択肢は増えますが、必ずしも経験値が増えるわけではありません。
そんな考え方の私ですが、「こうしたいな」くらいの計画はあります。たとえば東北で暮らすというもの。65歳を過ぎたら東北で暮らすつもりですが(公表したら大抵前倒しで実現する)、最近になってその計画に追加事項が加わりました。
それが「東京で暮らす」ということ。正確には東京で2年ほど暮らしたあとに東北に拠点を移すという、比較的具体性を持った計画を立てています。これは東京で暮らしてみたいという10代からの憧れもあるのですが、東北での暮らしに色をつけられるという効果があります。
鶴巻温泉という神奈川の田舎から東北に移ったら、それはもうただの変わり者でしかありません。でも、東京から東北に移ったら、それだけで周りが勝手にストーリーをイメージしてくれます。「東京からやってきた」というのはなかなか便利な修飾語です。

それは不本意な結果を生む可能性もありますが、ポジティブなイメージを持ってもらいやすく、印象にも残ります。その結果、東北での新生活にスムーズに移行できるというわけです。環境を変えるときにこれはかなり重要なポイントになります。
環境を変えるとき、私たちはこれまでのさまざま過去をリセットできます。過去そのものは消せませんが、自分のネガティブな習慣をすべて洗い流して、そして新しい自分として生活をスタートさせる。なりたかった自分になれるきっかけになります。
ただ、そのためにはそれなりに大きな移動が必要で、たとえば神奈川から東京というのは何も変えられません。遠く離れた場所、違う文化のある場所に行くことで、自分のことを誰も知らない環境を作ることができ、すべてをリセットできるわけです。
そのときに完全な無色の自分というのもいいのですが、60歳になって色がついていないというのも何かと不便で、だから東京経由にしたいというわけです。もちろん、東京で暮らすことで実際にさまざまな経験ができるはずです。もしかしたら、その生活を気にいるかもしれません。
ただ、私は細々とした年金暮らしになるので、仕事を手放したときに東京で暮らすのは現実的ではありません。きっとまた鶴巻温泉に戻ってくることになります。そうならないために自分なりに計画しているわけです。今はまだどこで暮らすかを探している段階ですが。
正直なところ場所はどこでもよいのですが、「ここで暮らしたい」という場所が見つかるという確信もあります。鶴巻温泉がそうであったように。ちなみ海外で暮らす、旅しながら暮らすという憧れもあります。それは計画ではなく憧れでしかないのですが。
