内弁慶:話しかけられない自分を受け入れる

他人に興味がない。これは私にとっての強みでもあり弱みでもあります。他人に興味がないから、初めましての人と話をするきっかけを掴めないことが多々あります。ランニングイベントの取材で、トップアスリートや芸能人と話せるチャンスがあっても斜に構えてしまいがちです。

先日も世界陸上で注目された田中希美選手と、そこそこ近い距離で隣り合わせになり、話しかけたほうがいいのかなと思いながらも、話しかけたら迷惑かなとも思ったり。反対に話しかけられても、上手く話を広げられなかったり。

それでいてメーカーの人たちとランニングの話になると必要以上に話してしまう。面倒な性格をしているなという自覚はあるのですが、50年生きてきてそうなのですから、今さら変わることもないのでしょう。変わりたいというよりは、それが自分と受け入れています。


情報発信をして、著名人との距離が縮まったことでわかったのは、有名になるような人は特別でもあり、特別ではないということ。才能や存在感など、やはり普通の人とは違うものを感じますが、それでも1人の人間だということに変わりはありません。

昔は芸能人なんて別次元の人たちで、あらゆる点で自分を上回っていると思い込んでいましたが、必要以上に崇める必要も、遜る必要もないのだということに気づきました。むしろ、フラットな感じで接したほうがいいときのほうが多いように感じています。

だからこそ話しかけなかった記憶はずっと残るのですが、そもそも相手が著名人でなくとも話しかけるのは苦手だからそれは仕方ありません。不用意に話しかけて、相手に嫌な思いをさせるくらいなら沈黙を選ぶ。そのほうが世の中は平和で済みます。

少し前までは、今に浮かんだことは何でも話さないといられないところがあって、飲み会ではとにかくおしゃべりになっていましたが、最近は話したいことを少しだけ抑えて、「聞く」ということを覚えました。近しい人にはそれくらい話をしてしまうのに、自分のフィールドを出ると話せなくなる。典型的な内弁慶。

自分のフィールドというのは、物理的なものと話のテーマの2種類あるということに最近になって気づきました。物理的なものはラン仲間とか同級生とか、普段からフラットな関係にある人たちと一緒にいる環境で、そこでは調子に乗って喋ってしまいます。

話のテーマはやはりランニングと旅。きっとライティングも話せるのでしょうが、ライティングについて会話んする相手がいないので、そういう状況になったとき、喋りすぎてしまうのか、沈黙を守るのかはわかりません。いずれにしても自分が永遠に話せるテーマだと話さずにはいられません。


そう考えると、自分のフィールドをもっと広げておくべきだったなとは思います。これ以上広げてどうするのだと思われるかもしれませんが、たとえば新しいサイトを立ち上げるときに、私に作れるのはランニングと旅しかありません。

恋愛とか株式とか占いとかに興味を持っていれば、稼げるサイトも作れたのにと思うこともあります。ただ、これから新しい武器を持ったところで、何でも語れるようになった頃には60歳です。そんな歳になった男がおしゃべりというのは少しみっともない。

だったら今の自分のフィールドで話せるくらいがちょうどいいのかもしれません。ここから10年はフィールドを広げるのではなく、黙々と深掘りしていく。もしかしたらその先にダイヤモンドや石油がが埋まっているかもしれませんし。

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