天才:自分を超えていくために突き抜ける必要がある

土曜日に出勤してほしいという依頼があり、9時から14時まで物流倉庫での業務。そのまま帰るのももったいないということで、本厚木までの10kmを走ってみることにしました。途中でワークマンに立ち寄ったりしながら約1時間30分。

出勤時に4km走ったのもあってこの日は14kmのランに5時間の立ち仕事。ハーフマラソンよりも疲労があり、入浴時に湯船を跨ごうとしたら、太もも裏がピキッっと。立ち仕事はトレーニングよりもハードで、そこにランニングを加えると完全にオーバートレーニングになります。

そう考えると物流の仕事はハードなトレーニングであり、本来であれば走力も上がっているはずですが、実際には走力そのものは下がっています。いつも疲労が溜まっているので、フレッシュな状態だとそこまで低下していない可能性はありますが。


いずれにしても、以前ほどハードなトレーニングに耐えられなくなりつつあるのを実感しています。昨日も10km走るつもりで出かけましたが、8kmでストップしました。新しい走り方がかなりしっくりしつつあり、光明はあるのですがとにかく長く走れません。

ただ焦っているわけではなく、ランニングフォームを変えるというのはそういうことで、ここから力を発揮できるようになるには2〜3年はかかります。そして、私自身は速くなりたいわけでもありません。上手く走れるようにはなりたいのですが。

昔から「絶対やり遂げたい」と強く思うことはまったくなく、「成るように成る」というのが私のスタイル。ただ、そこが天才との大きな境界線なんだろうなと考えています。何かを成し遂げる一流の多くは、ネジが足りてないのではないかと思うくらい、結果に対する執着心を見せます。

言い方は悪いのですが、社会に不適合だと判断されるくらい突き抜けていないとトップにはなれないわけです。それは今回の武井壮さんのXでの騒動から学びました。常識の範囲内でやっていたって出せる結果はたかが知れています。

周りが見て「やり過ぎだ」と判断するくらい執着し、周りが何を言おうとも我が道を行く。そういうところが私には足りていません。どんな職場に行っても上手く馴染めるような個性では、天下を取るようなことはできないわけです。

天才は周りから理解されないもの。歴史上の天才の中には、周りから変人扱いされ続け、死後になってその才能が認められたケースも少なくありません。いずれにしても、飛び抜けた結果を出す人は、思考の段階から違っているわけです。


自分には才能がないから……なんてことを言うつもりはありません。才能がなくても生きていく必要がありますし、目指しているのは日本一でも世界一でもありませんので。私が目指しているのはオンリーワンであり、過去の自分を超えていくこと。

ただ、そのためにも突き抜ける部分は必要で、あたりまえのことをあたりまえにやるだけでは足りないのは明らか。社会性を失うほどに突き抜けられることはないので、天才の領域に触れることなどできそうにないですが、時には思い切った決断も必要になるのでしょう。

それが必要になるのがいつなのかはわかりませんが、そのときがきたら躊躇することなく超えていく覚悟は持っておくつもりです。そのためには、普段からちょっとしたところで意識的にネジを外してみるのもいいかもしれません。周りに迷惑をかけない範囲内で(そこがダメなんですよね)。

著:石原慎太郎
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