信頼:承認欲求に対して何を抑止力とすべきか

この世界は信頼で成立しているところがあります。親しい間柄で口約束が成立するのは、そこに信頼関係があるからです。「この人なら」と思ってもらえることが、そもそもお互いに親しくなる条件みたいなものだったりもします。

ただ、人間は時として、その信頼を裏切ることがあります。約束を守れなかった経験のある人もいるでしょう。いや、これまで生きてきて、約束を一度も破ったことがない人間なんて存在しないのではないでしょうか。自分は守っていると思いこんでいるだけで。

信頼というのはとても厄介なもので、一度構築した信頼関係が崩れたなら、そこから修復することはほぼ不可能になります。崩れた友情を再構築したという例はそれなりにあるのかもしれませんが、完全に元に戻ることはありません。


約束を破られたり、裏切られたりした側は、常にどこかで「また同じことが起きるかも」と思ってしまうので。そういうことを避けるために、世の中には契約というものが存在します。個人間なら信頼が損なわれたら縁を切るだけで済みますが、ビジネスだとそうはいきません。

いま話題のオフレコ問題については、契約ではなく暗黙の了解なのでしょうが、そこに契約がないから問題が起きたと考えられます。オフレコを破ったら2度と取材を受けない。もしくは支払えないくらいの違反金を支払わせる。そのような契約があれば防げました。

ただ、それは後出しだから言えること。世の中には口約束や暗黙の了解というのはいくらでもあります。私も取材する中で「これは書いてはいけない」と感じたことは避けるようにしています。それを書くことで記事へのアクセスが増えても、信頼関係が崩れるなら書きません。

ただ、今回お話ししたいのは、契約が大事ということではなく、信頼を損ねるようなことをなぜしてはいけないのかという話です。マラソン界でも、最近、著名人による情報漏洩が話題になりました。公式発表の前に漏らしてしまったということ。

それが昨日のブログにも書いた大迫傑選手の投稿につながるのですが、今回はその内容には触れません。大事なのは、なぜそれをしてはいけないのかということ。それは誰かに迷惑をかけるからというのが正論ですが、それは抑止力にはなりません。

実際にオフレコ問題は政府や国に迷惑をかけようが、自分たちの正義のために、オープンにしないと約束したことを記事にしました。自分にとってプラスになると思ったら、他の人の不利益など見えなくなる。大人なら誰もが経験したことがあるはずです。


では何が抑止力になるか。たとえば情報漏洩については、それをすることで誰も何も話してくれなくなると周知することが抑止力になります。情報漏洩する人に対しては、当然ながら企業がスポンサーになってくれなくなります。

インフルエンサーのような立場の人が、情報漏洩をしたときに「自分の会社には関係ない」とは思ってくれません。関係性を持つことで、重要な情報を漏らされる可能性がある。そう思われたら、これから使ってもらわれなくなります。

それは自分の不利益になることだから、正しくないことをすることに対する抑止力になります。大切なのはそれを教育すること。嘘をつくこと、約束を破ることが信頼関係の崩壊に繋がり、それは自分の未来にマイナスになることをもっと周知していく活動が大切。面倒だから私はそんな活動なんてしませんが。

著:中谷内一也
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