サービス業に対する向き不向きと自分の働き方について

自分でいうものではないとはわかっていますが、伊豆高原の宿での朝食が外国人の方を中心にかなり好評です。日本の朝ごはんで1番だったと言ってくれる人や、チェックアウト時に「素晴らしい朝食だった」と繰り返し言ってくれる人もいます。

たしかに500円とは思えないクオリティの朝食を出しているのですが、とはいえ原価を考えれば外食したとしても1,000円を超えることはないクオリティ。しかもスクランブルエッグを除けば、冷凍食品と市販品のソースの組み合わせですので、特別なものというわけではありません。

ただ、北海道の飲食店を経験したことで、私が冷凍食品に対する考え方が少し変わったというのはあります。以前の私は「いい素材のものを使えば美味しいものは誰でも作れる」という思考で、安物や質の低いものは避ける傾向にありました。

でも、北海道では冷凍食品や輸入品であっても、正しく使えば美味しく仕上げることができるということを学んだので、「冷凍食品だから美味しくない」という言い訳がなくなりました。それが美味しくないのは調理する側の問題だと考えるようになり、ちょっとした工夫をするように。

たとえば朝食に出しているロールキャベツですが、ときどき手伝いで入っているときから使っていた食材なのですが、とにかく美味しく仕上がりません。朝食に出したときの残される率が1番高い食材でしたが、以前は「美味しくないんだから仕方ない」と考えていました。

でも、自分の管轄になったところで「美味しく食べる方法がある」と考えを切り替え、トマトソースと組み合わせることで食べ残しをほとんどなくすことに成功しました。他にも冷凍ハンバーグにホワイトソースを組み合わせてご馳走のように仕上げています。

冷凍ハンバーグに関しては、予算としては小判サイズ2個使えるのですが、2個食べるとくどい感じがあり、なおかつそのまま出すと冷凍感が強いので半分にカット。4カットのうち3カットを1人前としたことで、くどい感じをなくした結果、こちらも食べ残しがほとんどありません。

そういう積み重ねもあって、「美味しかった」と何度も言ってもらえるようになったわけですが、そう言われるたびに「これは自分の仕事とは違うな」という思いも積み重なっていきます。褒めてもらうのは嬉しいことですが、「このために働いている」とはならないんです。

サービス業というのは結局のところ、お客さんに喜んでもらうことを自分の喜びにする働き方です。もちろん収益を得て、生活をしていくわけですが、本質のところで「喜んでもらえると嬉しい」が軸にある人たちの働き方だと私は考えています。

喜んでもらいたいから工夫しているのでは?と思われるかもしれませんが、私の場合はどちらかというと「ベストを尽くしたい」という、自分側にベクトルが向いた結果でしかありません。私はベストを尽くせないことが嫌なのであって、自分にとっての喜びはベストを尽くせたかどうかで決まります。

こういう人間もサービス業に適しているのかもしれませんが、自分では方向性がズレているように感じています。機械設計をしているときからそうでした。私が設計した製品は組みやすいと評価してもらえましたが、私にとって「組みやすい」なんて当然のことで、そこに満足することはありませんでした。

もちろん、相手に喜んでもらえていないのに「ベストを尽くしたからOK」ということもわりません。喜んでもらえたことに対して、自分の感情が大きく動くことがないという話です(その瞬間はもちろん気持ちがプラスに動きますが)。

私のようなタイプの人間は、同じことを繰り返していると、必ず倦んでしまいます。同じことを繰り返していると本当にベストを尽くせているのかわからなくなるためです。だから接客業やサービス業を天職だと思ったことは1度もありません。

ところが、他の人から見ると「サービス業にぴったり」となるようで、いつも「そんなことないのにな」となるわけです。おそらく倦む前に職場を転々とすればいいのかもしれませんが、それはどの業界に対しても冒涜なんじゃないかと思うんです。

いずれにしても伊豆高原の仕事はあと2ヶ月になりました。当初と比べて随分と余裕も出てきましたが、この状態が「倦み」の始まり。残り2ヶ月がちょうどいい潮時なのかもしれません。とか言いながら、またどこかでサービス業のお手伝いをするんでしょうけどね。

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