
多くのラジオパーソナリティが口を揃えるのが、「フリートークのネタを考えるのが大変」ということ。パーソナリティによっては、フリートークのネタ探しのためにお出かけすることもあるという話を聞くことがよくあります。
ネタが尽きると「ネタが尽きた」ということをネタにすることもあり、パーソナリティも大変なんだなと思うわけですが、よく考えたら私も毎日ブログを書いているわけで、ネタが必要になるのは同じです。ただ、ブログの場合は書き直しや修正ができるので、書くことをあらかじめ用意する必要がありません。
ラジオでいう「収録」に近い感覚かもしれません。もちろん、ときどきテーマが思いつかないこともありますが、そういうときもとにかく書き始めれば、あとは勝手に手が動いて記事が出来上がっていきます。信じられないかもしれませんが、20年もブログを書いていればそれくらいのことは誰にでもできるようになります。
ただし、ネタが見つかりやすい生活を無意識にしている可能性があります。私はいつも「経験が大事」と言っているのですが、経験こそまさにネタの宝庫です。同じことをするにしても、いつもと違うアプローチをすることで、少なくとも記事をひとつ書けるわけです。
前回大阪へ移動するのにはじめて日中便のバスを利用しましたが、それを検討するだけでも1回、利用してみた感想で1回分のネタになります。新幹線で移動していれば、何も感じることなく時間だけが過ぎ去っていくのですが、いつもと違うことをすればどんどんネタがストックされていきます。
人間はどうしても「いつも通り」を選んでしまいがちで、その中で新しい発見があったりしますが、基本的には惰性で時間が流れていきます。それが悪いというわけではありません。ただ、ネタを探さなくてはいけない立場からすると、「いつも通り」は積極的に避けなくてはいけないことだったりします。

違うアプローチをするからブログが続くのか、ブログを続けてきたから違うアプローチをするようになったのかはわかりません。ただ、ブログを始めた人にありがちな「書くことがない」という状況になったことはほとんどなく、正直なところ、ブログくらいならどうやっても書くことができます。
それについて「誰でもできる」とは思いません。ある程度の適性は必要であり、そして積み重ねてきたものも重要になります。少なくとも子どもの頃に読書をしてこなかった場合、ブログを何十年も続けるのは不可能です。どれだけ多くの文章に触れてきたかで、ブログを続けられるかどうかが決まります。
逆に言えば、子どもの頃にたくさんの本を読んできた人なら、誰でもブログを書き続けられます。Webライターになることだって可能です。必要なのは才能ではなく素養。人気作家になるには素質が必要ですが、文章を書くことを仕事にするくらいであれば素養があれば十分です。
ある製品のレビューをするために、他の人がどう書いているのだろうと、いくつかのブログ記事を読んでみましたが、残念に感じる文章が多く、記事を読み進めるのを断念しそうになったものもあります。ただ、そのような記事でも学ぶことはあるので最後まで読んでいますが、こういう記事ばかり読んでいたら文章力が落ちてしまいます。
良質な文章と触れる時間が圧倒的に足りていないライターが増えています。しかも独自視点というものが欠けているので、違った方向からのアプローチをする習慣も足りていないのかもしれません。もちろん、その人たちに物申したいわけではありません。
大切なのは他人がどうであれ、自分のやり方で道を進むということ。もっとも私があれこれ自分で体験したがるのは、ネタ探しのためではなく、好奇心が抑えられないだけのことなので、他の人のやり方に影響を受けてスタイルを変えることはありませんが。
