伝達:ライターの私がSNSやブログで気をつけていること

ライターとして私がずっとこだわっているスタンスがひとつあります。それは「これでは伝わらないかもしれない」「誤解されるかもしれない」という感覚で文章を書くことです。だから文章を書くのにそれなりに時間がかかります。ただ、ここが私にとっての生命線です。

それゆえに、きちんと伝わらない文章に対しては敏感に反応し、エスコンフィールドで働いていたときに揉めたのも、それが要因のひとつになりました。どうとでも解釈できる文章、誤解される文章をビジネスの場で使うのは、認めるわけにはいきません。

もちろん、同じテーブルについたときという前提があります。たとえばアルバイト先でそういう文章を見かけても気にしません。私はそれを正す立場にありませんし、大抵は私にとってのどうでもいいことだったりするからです。あとはビジネスでない場も気にしません。


家族や友人などの親しい人とのやり取りで、「その文章はおかしい」なわてことは言いません。いや、そもそもそう感じることすらありません。これは本当に不思議なのですが、仕事モードでないときは、余程のことがないかぎり、他人の文章の粗が気になりません。

一方で自分のサイトで記事を書くときは、構成を考えてから文章にしていくのですが、記事を作成している途中で「これは求められているものと違う」と感じたら、どれだけ書き進めていてもすべてをリセットして、最初から書き直すこともあります。

伝わらなければその文章に意味がない。そして、伝わらないのは書き手の責任としています。読解力というものがあり、読解力が低い人も世の中にはいます。それでも、伝わらなければ書き手の責任になります。間違って受け取られるような隙があることに問題があります。

ところがSNSが定着してから「読解力の低い人が増えた」という声を、それこそSNS上で見かけることが増えました。その最大の原因は文字制限にあります。Xは有料会員でない限り、1回の投稿の文字数が140文字に限られており、必然的に修飾する言葉が削られます。

あたりまえのことですが、それでは伝わるものも伝わらなくなります。それゆえに、正しく伝えたいと感じたことは慎重に投稿しなくてはいけないわけですが、そこのテクニックについて議論されることはなく、むしろ誤解したほうが悪いという風潮があります。

こうなったのはSNSに「謝る」という文化がないからなのかもしれません。実社会においては「ごめんなさい」という便利な言葉があります。私はこれを無敵カードだと思っています。何かやらかしたとき、咄嗟に「ごめんなさい」と言えばほとんどのトラブルは回避できます。


相手が怒りを感じる前に謝る。ここがポイントなのですが、SNSでは「咄嗟に謝る」ができません。しかも自分は正しいと思っているので、そもそも謝るという選択肢がありません。しかも伝わらない言葉でやり取りをしているわけで、その先に待っているのは混沌だけです。

まずは誤解を受けない言葉を選ぶこと。それができない場合はSNSでは発信しない。そして、投稿を読んだ人が反論してきたり、怒りをぶつけてきたりしたら謝る。ただ、伝わりにくい書き方をしたことを謝るのがポイント。投稿内容について撤回していいのは人生で数回。

もっともそういう考え方はもう古いんでしょうね。SNSなんて好きなことを書けばいいし、それで揉めたらブロックすればいい。ただ、私は古くても「伝わる言葉」にこだわりたい。そこを崩した途端に、ライターとしての私は存在意義を失ってしまうので。

著:S・マーティン, 著:J・マークス, 翻訳:安藤 清志, 翻訳:曽根 寛樹
¥2,750 (2025/11/19 19:16時点 | Amazon調べ)
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次