今年こそは丁寧に生きよう。そんなことを考えています。
会社を辞めて3年半は、かなり慌ただしく生きてきました。それは必要だったのだと思います。常に忙しい状態が続いていて、ずいぶんと世の中から取り残された気もします(困ってはいませんが)。
年末年始に、自分には絶対にできそうにないということを達成しました。これによってランニングにおいての次の目標が決まりました。金沢から東京までの5日間500kmの旅ラン。
加賀藩の足軽飛脚が江戸時代に行っていた移動を、現代のわたしが挑戦します。これはどう考えても無理だと思っていました。いつかやってみたいけど失敗するだろうなと。
でも、今回東海道を250km走ったことで、不可能ではないということに気づきました。
もちろん、今の自分で手が届くわけではありません。もう1〜2ランクのレベルアップがないと達成できません。でも夢だったものが目標に変わったわけです。積み重ねた先にあるもの。
そのレベルアップをするにあたって、大事なのは走力ではなく生き方なんじゃないかと思っています。一つひとつの行動や選択を大切にして、丁寧に生きること。
わたしは43年間をほぼ勢いだけで生きてきました。思いついたら行動に移し、とにかく動き回っていました。でも、それでは前に進めない領域に入ってきたように感じています。
ここから先は達人への道といったところでしょうか。
むろん、自分が達人になれるかどうかなんて知りません。でも、凡人のまま走れるほど5日間500kmは簡単ではありません。特にわたしのように特別な才能を持っているわけではない場合は。
きっと天才なら5日間500kmなんていうのも簡単にできるのでしょう。でも凡人がその領域に入るには、人としてもっと深い部分から変わっていかないといけないんだと思います。
世の達人と呼ばれる人たちは、みんな独特な間合いと表現力を持っています。
わたしはまだ「これ」と語れるものがありません。その場しのぎで43年間生きてきたわけですから当然です。軸がしっかりしていないわけです。もちろん、それを狙っていたわけですが。
カッコつけて言えば行雲流水がこれまでのスタイル。実態は節操のない生き方というだけですが。
気持ちにゆとりを持たせて、どんなときも慌てない。所作を美しく。言葉だけならなんとでも言えますし、これまでも言い続けてきました。でもそれはただの言葉遊び。
「こうありたい」と思いつつも、流れやすい方に流されてきました。
でも、もうそろそろしっかりと根を張って、自分という形を作り上げていくべきかなと思います。その過程で失うものもあるかもしれません。でも、それを恐れて凡なまま生き続けるのはここまで。
もちろん、安易に人を傷つけていいというわけではありません。人の痛みを想像できる自分を手放すつもりもありません。むしろそれを手に入れるための43年だったわけです。
そして、その自分をベースに、ここから次のステップに入っていく。
即断即決即実行の自分とは分かれて、熟考しゆっくりと判断する自分へのシフトチェンジ。きっと数年はかかると思います。もしかしたら10年経ってもまだ移行中になるかもしれません。
でも、きっとそれができたときに、金沢から東京までを5日間で走るという挑戦にも成功できるような気がします。
この挑戦はもしかしたら今年の秋から始めるかもしれません。おそらく最初は失敗が続くかと思います。これまでは失敗することを恐れて自分のできる範囲内のことしかやってきませんでしたが、ここからは無理と分かっていても挑もうかと。
そうやって自分の現在地をしっかりと掴みながら、理想の自分に近づいていければいいかなと思います。
言葉では偉そうなことを書いていますが、実際にはそう変わるわけではないかと思います。ですので、今年もまた生ぬるく見守ってもらえればと思います。
そして、いつか5日間で500kmを走ったときに、「とうとうやりやがったな」と思ってもらえれば。
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