父の日をちょっと過ぎましたが、父について語ります

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父の日もとっくに過ぎ、別にいいかと思っていたけど、母がブログに書いていたのでわたしも父について書くとしよう。決してブログのネタ切れになったわけではない……ことにしておいてほしい。わたしの父はすでに他界している。2007年のことなので7年前ということになる。もう7年かという思いと、まだ7年かという思いがあります。

父とわたしの関係は、お互い気にはしているけど一定の距離感は守っている感じだったような気がします。父はわたしがしたいと思うことはだいたいさせてくれました。人生の中で反対されたのは大学に行かずに就職したいと言ったときぐらいでしょうか。それも猛烈に反対するというよりは諭すような感じで大学進学を勧められました。父が高卒で苦労した経験から、今の時代大学ぐらい出ていないと話にならないと感じていたのでしょう。そんなわたしはなぜか大学院にまで進学しました。

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何をするにしても許してはくれるものの、絶対に口は出さない人でした。家族の形というのはそれぞれ違うものなので父親と息子の距離が近い家族を見ていると不思議な感覚になります。父親というものは大きな方向性だけを示して、あとは道をそれないようにする存在だと思っていたら、すべての家族がそういうわけではないようです。もっともその父は、姉や妹には厳しかったようで、いまでも「あんただけ自由にさせてもらっていた」と言われます。

そんな父の言葉でいまでも大切にしているのが「男は一度やると決めたら最後までやり通せ」というものです。これはいまでもわたしの基礎に為っています。すると口にしたら絶対にやらなくてはならない。だから社交辞令的な言葉を口にすることができません。引っ越しをする人に「今度遊びに行くね」って言うのは、みんな本気で遊びに行くつもりなのだと思っていました。少なくともわたしはそのつもりでいたのですが、世の中的にはそうでもないのだと最近知りました。

似たような話で、恋人に対して「あなたがいなければ生きていけない」なんてことは間違っても口に出せません。感じ悪いと思われるかもしれませんが、それを口にしたら、恋人を失ったときに生きてはいけないと本気で思うのです。一度口にしたことはなんであれ絶対に守る。それがわたしの生き方なのですが、そのもとになったのは父の言葉に違いありません。

父はもうわたしに言葉をかけてくれることもなければ、道を正してくれることもありません。それでもわたしの中に父は生きているのですから、少なくともわたしが下す決断のひとつひとつは父の影響を受けているわけです。無意識に父の言動をなぞっているのだろうと思うのです。

決して近づきすぎなかった父と子は、いまはわたしの中でひとつになっています。

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