『雨ニモマケズ』はわたしの目指すべき場所のひとつ

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毎日何かをひとつ手放す暮らしをしているのをtwitterやfacebookに書き込んでいると、その経緯を知らない人は「何をしているの?」と聞いてくる。毎回その経緯を話しているのだが、その目的は365日終えたときに伝えるつもりなので、なんともあやふやな回答になってしまう。

それでも多くの人が興味を示してくれるので、それだけでもこれを続けている意味があるように感じている。真似をして何かを手放すようにしようとする人や、部屋の断捨離を始めたり、無駄に買ったりしないようにしたり。モノがあふれている今の時代に「このままでいいの?」という問いになっているのかもしれない。

ただ、わたしの部屋にはまだまだモノがあふれている。250を超える数のものを手放したにも関わらずだ。だいぶスッキリした感じは出ているのだが、「これだけしか持ってないの?」と言われるレベルには程遠いし、別にそこを目指しているわけではない。わたしはお坊さんや仙人になりたいわけではない。

ただ、「普通」に生きていると持ち物が増えていく現代社会。せめて増えていくのを抑えたいという気持ちはある。物欲は人並み以上にあるし、新しいもの好き、ガジェット好きなのでまずは「欲しい」という感情にだまされないようにすることを心がけている。シンプルに必要な物だけを手にする。ひとつ手に入れたらひとつ手放す。これが基本。

ところが、そんなことも言ってられない状況になりつつある。いや、正確には自分で追い込みつつある。そのへんの話はいずれするとして、とにかく手放さなくてはいけない。「これだけは」と思っていたものも含めてガツンと手放さなきゃいけなくなりそうなのだ。むしろここまでコツコツやっておいて良かった。

本気で「これだけ?」って聞かれるレベルにまで減らしたい。ずっと言い続けているけど、旅するように暮らしたい。その過程としてMacもMac miniからMacBook Airに移行中だし、いつでも旅立てる環境に身を置くようにしよう。例えばネパールの震災のようなことがあったときに誰よりも早く行動を起こせるように。

いまさらな動画かもしれないが、あえて載せておこう。「雨ニモマケズ」わたしの目指すところのひとつはここにある。そのためには身軽でありたい。自由でありたい。モノを増やしている場合ではない。わたしの大切なモノはすべて心の中にある。きれいごとにしか思えない?いいじゃない、世の中に1人ぐらいきれいごとの中で生きようとする人間がいたって。

きれいごとの中で生きようとする人間がどうなるのか、それをゆるく見守ってくれればそれでいい。

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