新しい生命の誕生、心をつないでいることを自覚しよう

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スーパームーンの12時間前、大学時代のサッカー部同期に第一子が誕生した。すでに予定があったので会いに行ったのが夕方遅くになってしまったけど、なんとか面会できました。お父さん似の元気な男の子。予定日から少し遅れたけど、お父さんの仕事が休みの日を選ぶという親孝行ぶり。生まれたその日から将来有望な子です。

もう何度目かわからないけど、子どもが生まれるというのはすごく嬉しい。たとえ自分の子どもでなくても生命の誕生は心の底から祝える出来事だ。

仲間が結婚し、出産していくことが増えてきて思うことがある。おいらたち人間は命をつなぐために生まれてきたんだということを。極論をいえばそれがすべてなんだと思う。繋がれてきた命を次の世代にバトンタッチすることだけがそれぞれに与えられた役割。そこにややこしい倫理観もなければ正義も悪もない。経済や学問、ありとあらゆるものが命の引き継ぎというものに対して圧倒的にちっぽけだ。何百億円稼ぐことよりもたったひとつの命をつなぐことのほうがはるかに尊い。

だからといって、命をつなぐ選択をしなかった人を否定するつもりもない。いまのところおいらもそっち側の人間だし。命をつなぐことが尊いのであれば、つながないという選択をした人もまた尊い(決して自分を擁護しているわけではない)。

もっとも、命をつなぐだけというだけならそれは他の動物や植物と変わらない。人間には人間だけに与えられた知能というものがある。この知能というものがなかなか厄介で、ときにその知能は戦争を引き起こし、人を殺め、生物を絶滅させることさえある。使い方によっては人に感動を与え、命を救い、世界を変えることも出来る。この知能をどう使うかは全人類で本気で考えなくてはいけないことのひとつだ。

おいらはそんな大それたことを考えるような器の大きな人間でないので、自分自身の知能についてどう使うかを考え続けている。そして現段階としてのひとつの結論を持っている。

おいらの知能は次の世代が暮らしやすい時代にするために使うべきだと。生きていくことが楽しくなるようなライフスタイルを実践し提案する。生きていく上で命をかけて守るべきものが何なのかを考え続け、次の世代に示していく。おいらの命なんておそらく100年後にはこの地球上には存在しない。ただその心は受け継いでいくことが出来る。そういう形でおいらたちは永遠に生き続けることが出来る。

この地球上においらの父はもう存在しないけど、おいらの中では生き続けている。おそらく父の中に祖父が生き続けていたと考えれば、おいらの中には父だけでなく祖父も生き続けている。これは血のつながりが必須というわけではない。イエス・キリストは多くのキリスト教信者の中で生き続け、ブッタは仏教徒の中で生き続けている。それは極端な例だけど、心をつなぐのは親だけではないということの証拠にはなるだろう。

どういう心を次世代につないでいくかは人それぞれでかまわない。ただ、つないでいるということに無自覚であってはならない。あなたが振り上げたそのコブシは、あなたが投げつけたその言葉は無自覚であっても確実につながれていく。その先にある世界がどうなるのかよく考えなきゃいけない。人間だから感情的になってしまうことだってある。完璧な人間はどこにもいない。だからといって、それが次世代につなぐことから目を背けていい理由にはならない。

優しさをつなぐのか、それとも悲しみをつなぐのか。正直さをつなぐのか、それとも狡猾さをつなぐのか。正解なんてないけど、よく考えてほしい。次の世代が少なくともおいらたちよりも豊かな生き方ができるようになるために、おいらたちが何をつないでいけばいいのかを。

 

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