裸足ランニングの楽しさは体との会話にある

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しつこいと言われそうですが、裸足ランニングのお話。仕方ありません、わたしには裸足を広めるという使命があります。ウソです。そんな熱い思いもない、どこにでもいるただの裸足の河童です。裸足が楽しくて仕方ないから書いているだけです。決して裸足ランニングクラブのまわし者でも、既存シューズメーカーへの反逆者でもありません。裸足で走ることの楽しさを上手く伝えたい、裸足で走ることのメリットを上手く伝えたい。ただそれだけです。

土日と夢の島陸上競技場で24時間マラソンを走ってきました。もちろん裸足です。走行距離は約110kmでした。これだけの距離と時間を走ると筋肉痛やら体のあちこちに異常が発生してもおかしくありません。とくにわたしは両膝の調子が良くない状態で、普通にランニングするのはほとんどできません。ところが、裸足ならなんてことないのです。多少膝が無理しているなという感覚が走っている最中にありましたが、走り終えて悪化しているということはありません。

その他、足裏以外はまったく調子も悪くなく、今のところは筋肉痛の気配もありません。足裏が痛いのは残り30分になったところで自分の中のリミッターを開放してフルスピードで走ったためなので、普通に走っていれば足裏も多少痛いという程度で済んだはずです。

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実はここに裸足ランの効果のヒントがあるのではないかと思うのです。裸足ランは本当に体への負担が少ないのです。ただ、そのぶん速く走ることができません。スピードが出ないということは自分の体をコントロールしやすくなります。コントロールできると体が無理な動きをしなくなります。効率よく体を動かすことができるのです。

効率という意味では、裸足業界にかぎらずウルトラマラソンの世界では筋力ではなく重力を利用して走るのだと言われています。体が前に倒れる力を利用することで無駄な力を極力なくすわけです。間違っても地面を蹴ってはいけない。

ところが、わたしはこの重力を利用するという走り方をしていません。裸足ランを誰かに学んだわけではなく自分の感覚を大切にしながらトライ・アンド・エラーを繰り返しながらフォームを作っています。その結果、重力を利用するのはしっくりこなかったわけです。重力を利用する走り方は確かに効率的で無駄がないのですが、人間の体の動きとして正しい動き方ではないのではないかと感じたのです。

わたしの走り方を説明するのはすごく難しいのですが、体が本来持つ推進力を利用します。例えば手の小指を折り曲げようとすると薬指も動いてしまいますよね。推進力を使うというのはそれの全身版です。体の筋肉はすべて連動しています。走るために使う筋肉の動きは足の筋肉だけにあるわけではありません。

文章ではうまく伝えられませんが、わたしの走りは広背筋とおしりの筋肉を使います。すごく大雑把に言えば、背中とおしりの筋肉を外側から背骨側に巻き込むのです。もちろん意識レベルの話で、実際に筋肉は数ミリも動いていないかもしれません。ただ、この意識だけで体に推進力が生まれます。この力を利用して走れば、重力を利用するよりも効率よく走れるのではないかと試している最中です。

革新はいつだって常識の反対側にあります。あたり前のことをあたり前と考え、教えられたことを鵜呑みにしていたのでは新しいものは生まれてきません。わたしの走り方が正しいかどうかはまだわかりません。でも、体としてはしっくりきているので、少なくともわたしにはフィットするのでしょう。

ただ、まだ背中の筋肉が足りていないので、長時間走ると背中が張ります。今回24時間マラソンで急にペースが落ちたのもそれが原因です。そこらへんは筋力をつけるべきなのか、他に改善の余地がないのかはこれから試す予定です。これが裸足ランニングの醍醐味のひとつですね。いつも新しい発見がある。試したいことがいっぱいある。自分の体を使った人体実験です。結果はともかくそうやって体と会話することが何よりも楽しいのです。

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