ウルトラマラソン:やりがい搾取になっていないか

私の裸足24時間チャレンジが終わった翌日、いくつものウルトラマラソンが開催されており、そういう時期だったことを思い出しました。かつては飛騨高山ウルトラマラソンをはじめとした、いくつものウルトラマラソンに出場し、毎年24時間マラソンにも参加していました。

私がウルトラマラソンを走らなくなった最大の理由は、1日かけて同じ場所に戻ってくるという生産性のなさがしっくりこなかったからです。2万円の参加費と交通費を払うくらいなら、そのお金を握りしめて東海道でも走ったほうが、贅沢もできるし、ランニングに対する満足感もあります。

別にウルトラマラソンを批判しているわけでも否定しているわけでもありません。ウルトラマラソンにはウルトラマラソンの魅力があります。あれだけホスピタリティのあるスポーツはないのではと思うほどサポートがしっかりしており、楽しんで参加していたのも事実です。


ただ、万里の長城マラソンの運営に携わったり、さまざまな仕事を経験した結果として、あれだけのことをしてもらって2万円しか払わないのはどこか歪ではないかと思うようにもなっています。それはフルマラソンでも同じですが、ウルトラマラソンはスタッフの拘束時間がとんでもない長さになります。

たとえば私の24時間チャレンジのサポートを誰かに依頼するなら、3.5万円は払うことになります。神奈川県の最低時給が1,112円で、24時間ですので時間給だけでも26,688円。時間外労働が16時間ですので、4,448円になります。それに深夜労働が7時間なので1,946円なので、合計で約3.3万円。実際には少し前に入ってもらうから3.5万円です。

人を動かすのにはこのように多大なお金がかかります。もちろんウルトラマラソンの場合にはスポンサーや自治体からもお金が出ています。でも、これが成立しているのはボランティアスタッフがいるためです。それはウルトラマラソンだけでなく、フルマラソンでも同じ。


このボランティアスタッフというのは、どこかで必ず破綻します。だって時給1,000円以上で仕事がある時代に、何時間も拘束されて1円ももらえない。もちろん、そこでしかできない経験はあります。誰かに感謝されるのは気持ちの良いことです。ボランティア証明書が何かの役に立つこともあるでしょう。

でも、それってやりがい搾取とどこが違うのでしょう。それでもやりたいという人を止めはしませんし、実際にボランティアをしたいという人はいくらでもいるのかもしれません。報酬を払わないのはおかしいという感覚のほうがおかしいのかもしれません。

つい最近、Xで能登の農家さんの収穫を手伝って欲しいという投稿がありました。そこには時給の記載はなく、お金が支払われるかどうかも記載されていませんでした。これはひどい話です。家が壊れたのをボランティアとして立て直しや修復を手伝うのと、農家の収穫の手伝いをするのは軸がまったく違います。


震災の影響で収穫ができなくて困っている。でもそれを収穫すれば収入になるわけです。そこはもうビジネスであって、手伝いが必要ならそれに見合うだけの報酬が必要です。マイナスをゼロに戻すのにボランティアはありですが、ゼロをプラスにするなら報酬が発生しないのは健全ではありません。

労働をすれば報酬が発生する。それが資本主義の基本です。でもそれをボランティアを導入することで「報酬≠お金」でない世界を作り上げている。これが永遠に続くとはとても思えないのですが、だからといって私なりの答えがあるわけでもなく。

でも、このモヤモヤが消えない限り、ウルトラマラソンの世界に戻ることはないような気がします。自分なりに納得する答えを見つけるか、もしくはボランティアの仕組みが変わるか。もっとも戻らなくても楽しめることを知ってしまったので、現状のままでも何も困りませんが。

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