身の丈にあっただけ持てばいい

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そういえばひさしくガジェットネタを書いていない。ひさしく大きな買い物をしていない。先月カメラのレンズを買ったのを除けば。レンズに関しては近いうちにレビューと思いながらいまだできず。もちろん小さな買い物は無数にある。それでもむやみに物があふれていた時期は脱出したような気がする。まだまだ減らす作業は続けていくが、入っていくものと出て行くもののバランスがうまくいっている。リバウンドすることなく上手にモノのダイエットができている。

理想はあくまでもリュックひとつで旅できる量の荷物。サラリーマンをしている以上それは不可能に近いので、車ひとつで引っ越しできるサイズの荷物が現実的な理想。その車は車検に出て戻ってこない可能性もあるけど、車は持ち続けるのでその理想は継続。とにかく物を持つということは自分の自由を奪うこと。できるだけ自由でいるためにモノに支配されない生き方を目指したい。

北方謙三さんの水滸伝に出てくる王進のように、世の中の喧騒から離れた静かな場所で自分を磨く暮らしに憧れる。ときどき昔の仲間が現れて語り合う。頼られて人を育てる。小説の中でしか存在できないような生き方だけど、理想はいつだって高いほうがいい。とびっきり高い目標のほうが頑張れるから。

あくまでも小説の中の話だが、昔の人はやはりモノをそれほど持っていない。方丈記ではないけど本当に小さな暮らしをほんの100年前まで日本人はしていた。一部の特権階級は別にして、ほとんどの日本人は必要最低限しか持たずに暮らしていた。その暮らしが貧しかったと思うのはいまの時代の感覚で、きっとその時代の人たちはその時代なりに豊かで楽しく暮らしていたのではないかと思う。

逆にどれだけモノを持っていても豊かにはなれない気がする。どれだけ素晴らしいモノに囲まれて暮らしたってそれは豊かさとか幸福感とは違う。宝くじで数億円当たった人の多くが破産しているという現実。お金というものは身の丈にあっただけあればいい。大事なのは身の丈を間違えないことだ。

わたしは世界を変えられるような大きな人間ではないし、何かを支配できるような人間でもない。ましてやお金持ちになるようなタイプでもない。どこからどこを切り取っても凡人の枠からはみ出ることはない。だから余計にモノを持たないことを心がけている。少なくとも自分の持っているモノをすべて把握してコントロールしなければいけない。

何も難しいことではない。直近で使わないものはすべて手放せばいい。使うイメージを持てないモノをどんどん手放せばいい。また必要になったら?そのときはまた買い直せばいい。たまには経済活動にも貢献する必要もある。モノを持たないこととケチとは違う。わたしがしたいのは節約生活ではなく自由な生活なのだから。

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