新年のニューイヤー駅伝と箱根駅伝で話題を持っていったのは、結局ナイキのヴェイパーフライ ネクスト%でしたが、ここ最近で議論になっているのが「道具に頼るのはどうか」という考え方です。
これに対して「ナイキ ズームエックス ヴェイパーフライ ネクスト%を履くということ」である程度考え方を示しましたが、道具や科学技術全体の話として伝わっていなかったので、今回はランナーと科学技術の進化とどう向き合うべきかについて話をしていきます。
世界記録の推移
上のグラフは1964年にアベベ・ビキラが東京オリンピックで世界記録(2時間12分11秒)を出してから2018年にエリウド・キプチョゲが2時間1分39秒を打ち立てるまでの世界記録の推移です。54年間で10分以上も世界記録が縮まっています。
いきなり余談ですが、1965年に記録された世界記録は日本人である重松森雄さんの2時間12分0秒です。わたしも「重松」ですが縁があるのかどうかは知りません。福岡大学所属なので、先祖をかなり遡れば遠い親戚なのかもしれません。
人間の進化として、50年間で2時間12分が2時間2分になるというのは、あまり考えられません。このためアベベ・ビキラも2時間2分で走るポテンシャルはあった可能性も考えられますが、結局のところタラレバにしかなりません。
ただ、この50年の間に驚くほど科学技術は進化しました。アベベが裸足で走ったのは東京オリンピックのひとつ前で、東京オリンピックはシューズを履いていましたので、ここから道具の時代が始まったともいえます。
ランナーに影響を与える科学技術
この50年で何が変わったのか、まずはランナーに影響を与えたと思われる科学技術やノウハウなどを挙げてみましょう。まずは道具から。
50年で進化したランニングギア
- ランニングシューズ
- コンプレッションタイツ
- GPSランニングウォッチ
- ウェア
- サングラス
- インソール
進化したランニングギアといえばこれくらいでしょうか。マラソンはシンプルですね。使うアイテムが本当に限られています。この中で記録向上に大きく影響を与えたのはやはりランニングシューズと言われていますが、実はコンプレッションタイツもそれに次ぐくらいの影響を与えています。
GPSランニングウォッチというのはレースの記録というよりは、トレーニングの質を高めるのに役立ったのではないかと思います。昔のようにペースを頭の中で計算する必要がなくなったので、走りに集中できます。
50年前からという意味ではウェアも影響しています。綿シャツが化学繊維になったことで快適さがまったく違います。汗を吸いづらいので重くならないのもタイムに影響しているはずです。ここ数年はそれほど変化はありませんが。
サングラスとインソールの影響は微々たるものかもしれませんが、サングラスはレース環境によっては有効ですし、インソールも無関係とはいえません。
50年で進化したマラソン科学
- 高地トレーニング(低酸素トレーニング)
- ランナーに必要な栄養学
- 睡眠・RECOVERY術
- レース中の補給
- 効率的なトレーニングノウハウ
- 科学的に正しいランニングフォームの確立
こちらは少しざっくりした内容になりましたが、マラソンに必要な「トレーニング・休養・栄養」のいずれも50年前と今ではまったくノウハウが違います。瀬古さんがマラソンの前に大量のお餅を食べ過ぎて、思ったように走れなかったなんて話を今の選手が聞いたら失笑するはずです。
今はレース中に補給するスペシャルドリンクも、世界のトップレベルではみんな「モルテン」を使っています。栄養だけでなく睡眠が重要だということも、あたり前になってきてて、トップアスリートは9〜10時間くらい眠ります。
高地トレーニングや低酸素トレーニングは、トップアスリートでなくても取り入れ始めていますよね。東京にはいくつも低酸素トレーニングをできる施設があり、これからも増えていくそうです。このようなトレーニングノウハウも増えたことで、効率的なトレーニングができるようになりました。
どのようなフォームで走るのが最も効率がいいのかも、ほぼ分かっています。ただ、個人差があるので今はその理想のフォームと個人の骨格や筋肉のつき方に合わせてアレンジが行われています。正確にはシューズのポテンシャルを引き出す走り方ですね。
ランニングシューズはすでに履けば速くものではなく、それに合わせた走り方をしなければいけない時代になっています。
薬やサプリメントも進化している
前の章では意図的に入れていませんでしたが、薬やサプリメントも進化しています。トップランナーは使っていないかと思いますが、わたしたちの身近な薬でいえばロキソニンを使っているランナーはそれなりにいるかと思います。
サプリメントも回復系から、血液を増やすものまで様々な商品が売られています。最近では腸内環境がひとつのキーワードになっていて、おそらく2020年は腸内環境を整えるという考え方が定着するはずです。
ナイキのオレゴンプロジェクトは、コーチのドーピング問題によって解散することになりましたが、トップアスリートのレベルでは違反になるかならないかのグレーゾーンの薬物を使っているケースもあります。
ドーピングで禁止薬物になっていなくて、それを飲めばタイムが少しでも向上する。ただし、体には負担がかかるというものが世の中にはたくさんあります。ヨーロッパの自転車競技では、そういうものがあたり前に使われており、マラソンで使われてないと考えるのは不自然です。
ランナーは最新科学からは逃げられない
良いか悪いかは別として、わたしたちランナーは、このような最新の科学をすべて避けるということはできません。地方の山奥で情報を遮断しながら、コツコツと修練を積んでいるような人でなければ、必ずなんらかの情報が入ります。
そして「これを使えば走りがよくなる」というものに対して、興味を示さずにはいられないのが人間です。例えばアサイーには造血作用があるということがわかったのですが、それを知ったら毎日アサイーを摂りたくなりますよね。むしろ摂らない理由がわかりません。
(アサイーについてはRUNNING STREET 365で記事を書いていますので、そちらを参考にしてください。)
速くなれるならなんでも試したい。人間として純粋な欲求だと思います。でも、ランニングシューズだけは目の敵にされます。特にナイキのヴェイパーフライ ネクスト%ですが、このシューズを批判している人が、レースでロキソニンを飲んでいたりします。コンプレッションタイツを履いていたりします。
GPSランニングウォッチを使ってない人もほとんどいませんよね。レース中にペースを確認できるというのは、ナチュラルなことではありませんが、「それくらいはいいじゃないか」という感覚なのだと思います。別にいいとは思うのですが、ダブルスタンダードにはならないようにしましょう。
ランナーの進化は間違いなく最新科学の進化とともにあります。その進化に寄り添うかどうかは人それぞれだとは思いますが、100%ナチュラルでいられるランナーなんて、日本中探しても数人いるかいないかのレベルです。
すでになんらかの科学の恩恵を受けて、これまで走ってきたのだということを忘れないでください。自分はいいけど他の人はダメ。これが1番みっともない人間のすることです。ランナーは最新科学から逃れられないわけですから、せめて他人はいいけど自分はダメというスタンスでいきましょう。
まとめ
わたしは、どんどん最新科学を取り入れたらいいと思っているタイプです。単純に新しい技術は面白いから。だからヴェイパーフライ ネクスト%を履くのもありだと思います。ルール違反ではないし、他の最新科学を使うのとなんら変わりないと感じているので。
ただ、最新科学で速くなった分は自分の成長だとは思いません。それは速いタイムを出せただけのことで、自分が納得できる走りができていないなら、そこで納得することはありません。タイムはひとつの目安にはなりますが、絶対ではありません。
そういう感覚を持っていれば、いちいち最新科学に対して文句を言うこともなくなりますし、ランニングにおける楽しみ方の幅も広がります。
もっとも人の選択にあれこれ言う人は、それが面白くてやっているのでしょうから、好きにすればいいかと思います。自分のやり方だけが正しくて、持論でマウントをとってふんぞり返る。そういうのを裸の王様って言います。
裸の王様になりたくないなら、自分のアンテナに引っかかったものはどんどん試せばいいと思います。思考の軸がしっかりとしていれば、自分にとって本当に必要なものだけが自然と残りますから。