当然といえば当然の結果だが、来年4月11日に開催予定だったおやま思川ざくらマラソン大会の中止が決定した。もちろん理由は新型コロナウイルスの感染拡大なのだが、これでまた今シーズンのフルマラソンがなくなってしまった。こうなると体作りをする理由がなくなってしまう。
勝負レースに向けて神経を研ぎ澄ましていく過程が好きで、年に1回は本気で走ると決めていたのだが、今シーズンはそれも叶わないだろう。オンライマラソンでモチベーションを維持できるタイプでもない。初フルマラソンの2008年から続いた連続フルマラソンがここで途切れることになる。
どうしても走りたいというわけではない。単純にしばらくはフルマラソンが開催されないのだろうなという部分を寂しく思っているだけだ。もし再開されるとすれば、ワクチンが行き渡り、ワクチンの有効性が示されたときだろうが、ウイルスが変異すればやり直しになる。
個人的にはワクチンは打ちたくないのだが、「マスクをしたくない」レベルのことなので必要なら打つことになるのだろう。だがワクチン接種の有無で行動が制限されるとすればそれはどうなのだろうかとは思う。「ワクチンを打てばすぐにでも台湾や中国に行っていい」なら話は別だが。
フルマラソンはないが、自分で走ることはできる。旅ランを楽しめばいいだけだし、フルマラソンに対して強いこだわりもない。だが、自分の身を削り神経を研ぎ澄ましていく作業ができるのはフルマラソンだけだと思っている。ランニングの楽しみのひとつがなくなるのだ。
結局この1年はレースがないことを理由にトレーニングをサボり、大幅な筋力低下を起こしてしまった。現在の筋力だとサブ3.5だって怪しいところだろう。筋トレをすればいいだけなのだが、目標のない筋トレは集中力を欠くだけだし、楽しくもない(最低限は行うが)。
だからおやま思川ざくらマラソン大会に向けて、筋トレをきちんと行うつもりだったのだが、思惑が大きく外れてしまった。何をモチベーションに筋トレを行えばいいのだろう。それとも、もう速く走れることは完全に手放してしまったほうがいいのだろうかとも思う。
1〜2年くらいなら耐えられるが、この状態が5年続くとなると筋トレをしたところで過去の自分を超えていくことはできないだろう。だとすれば、以前も話をしたようにランニングとの向き合い方を変えるほうが、おそらく幸せにはなれる。実際にこの1年はそう悪いものではなかった気がする。
長崎も京都も楽しかったし、これから走ることになる東海道も忘れられない大会になるだろう。フルマラソンだけがランニングではない。マラソン大会はあくまでも自分の走力を確認するためのものであり、走力を気にしないなら仕事以外の理由でフルマラソンを走る理由はない。
取材ならフルマラソンを5時間程度で走れれば問題はない。苦しみながらインターバルやペース走をしなくてもいいし、退屈な筋トレともお別れできる。だが、それでもわたしはフルマラソンを全力で走ることを辞めはしないのだろう。タイムそのものには興味がないが、研ぎ澄ますことはとても大切なことなのだ。
問題は何に向けて研ぎ澄ましていくのかということ。対象はなんだっていいのだ。わたしがサブ3.5に戻ってこれたのはハルカススカイランのおかげだし、「ここで結果を出したい」と思える舞台があればそれでいい。ではどこを舞台にすればいいのか。
もう誰かに頼るのはやめようかなと思っている。自分だけの挑戦の場がを作ればいい。例えば大山往復というのでもいいだろう。ヤビツ峠チャレンジだって構わない。伊豆大島や八丈島1周というのでもいいだろう。ひとつのコースを作って年1回挑戦する。そこに向けて研ぎ澄ましていく。それも悪くなさそうだ。