五街道制覇プロジェクト最終章「中山道69次ラン」5日目

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8月4日
17時0分 福島宿せせらぎの湯

この日はここまでの旅で最もしっかり眠れたかもしれません。ようやく旅ランが体に馴染んできた感じもあります。人間の体は優れた適応力がありますが、加齢とともにその反応速度が遅くなっているのを感じます。

若いうちは時差ボケですらこわくなかったのに、この歳になると旅ラン用の体と心になるのに4日かかるわけです。

もちろん歳を重ねることでのメリットもたくさんあります。42年の経験はひとつとして無駄なことなんてありません。たくさんの失敗とほんの少しの成功が今のわたしを作り上げています。

この日の目標は下諏訪宿。1年前の甲州街道のスタート地点です。5日間かけて、ようやくそこまでたどり着くわけですが、そこからも甲州街道とは別の道を走りますので、まったくの未知の領域。

ただ、下諏訪宿の先にある和田峠を超えてしまえば軽井沢。土地勘がゼロでないのが嬉しいところ。とはいえ、それを考えるのはまだ1日先のこと。明日の朝には下諏訪宿までたどり着いておかなくてはいけません。

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18時9分 中山道東西中間之地

走り出して1時間ちょっと。道の駅日義木曽駒高原が見えたのであわよくば夕ごはんと思ったのですが、18時ではすべてのお店が閉まっています。道の駅はお役所なので仕方ありません。

ところが、道の駅で中山道東西中間之地を示す石碑が立っています。本当に中間なのかは分かりませんが5日目の序盤に中間地点というのは想定よりもやや早いのでひと安心といったところです。

9日間でのゴールを目指していますので、ちょうど真ん中にあたるこの日に中間というのは想定通り。大きなトラブルなく走り続けられた幸運に感謝します。

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18時49分 宮ノ越宿(263.5km)

山間地ですのでかなり走りやすいのもあり、順調にこの日の最初の宿場町に到着します。一見すると何の変哲もない田舎の村ですが、本陣近くになってくるとちゃんとその風情が残っています。

調子がいいのもあって、先に進みたいところですが、ここできちんと夕ご飯。旅ランで大事なのはしっかりと栄養を摂るということです。黙っていても体脂肪は使われていきます。

でも体脂肪には限りがありますし、燃料としてはあまり効率がよくありません。何よりも空腹感というものがやる気を奪うのはここまで何回も経験してきました。

しっかり食べた上で次の藪原宿に向かいます。

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20時38分 藪原宿(270.6km)

藪原宿も水の豊かな宿場町で、この先には木曽川の源流があります。ということはこの先の鳥居峠を越えれば、もう木曽川の流域ではなく、信濃川系の流域になって日本海へと流れていきます。

地形的にもここで本当に東西が分かれる場所でもあります。

ただし、日が暮れているのもありさすがに鳥居峠は回避します。新鳥居トンネルが歩行者も通れるようになっていますので、大きくショートカットして奈良井宿へ。

こういう部分が正直もったいないなとは思うのですが、夜の峠を単独行するほど愚かでもありません。

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22時18分 奈良井宿(275.2km)

真夜中ですのでひっそりとしていますが、ここもしっかりとした宿場町です。本当に真夜中に通過していくのがもったいないのですが、今回の目的はとにかく8月9日までに走り切ることです。

そもそも中山道がこんなにも整備されているなんて思いもしませんでした。カメラを置いてきたのもそのためです。

東海道ですら、宿場町として力を入れているのは半分程度です。ところが中山道は力を入れていない宿場町はほんの少しだけです。しかも東海道よりも宿場町が多いにも関わらず、きちんと史跡が残っています。

ただし、国道がきれいに整備されているかというとそうでもなく、脇道があるような場所には歩道がなかったりします。歩道があっても走りにくいところが多いので、脇道を見つけてはそちらを走ります。

贄川宿手前、少し悩ましい選択をします。国道は走るのが出来ない状態の歩道。脇道はあるけど山際を通過する。昼間なら間違いなく脇道なのですが、この時間はどうも獣の気配はあります。

でも体はまだ動くからという理由で走れる山際の道を選びました。そうしたら案の定です。少し行ったところで、イノシシと鉢合わせ。間にフェンスがあったのが幸いでした。

ただイノシシ側が先に気づいて大騒ぎするので、こちらの心臓が止まるかと思うくらい驚かされ…その瞬間はフェンスが間にあるなんて気づかなかったのでかなり焦りました。

これはまずいと国道側に戻ろうとすると、今度は犬が襲いかからんとばかりに吠え立ててきます。踏んだり蹴ったりとはまさにこの状態のことを言うのでしょう。

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8月5日
1時47分 贄川宿(283.2km)

贄川は 関所のある宿場町です。鳥居峠からの通行人を取り調べしていたのでしょう。ここも興味がありますが、とうぜんこんな時間に資料館が開いているわけもありません。

関所跡はそのまま通過して本山宿を目指します。

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3時45分 本山宿(290.8km)

本山宿は数少ない残念な宿場町。本陣跡も簡素な立て看板1枚あるだけです。どうも鳥居峠を超えたあたりから、長野の宿場町がちょっと物足りない感じになってるのを感じます。

ただ、昼間に見るとまた違ったように見えるかもしれません。本山宿は斜交屋敷と呼ばれる、道路に対して斜めに建物が建っている宿場町。その名残が今でもあるというので、それを見れなかったのは残念なところです。

また本山宿はそば切り発祥の地と言われている場所。そういえばまだ信州そばを食べていません。コンビニのお蕎麦は何度もお世話になったのに。

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4時49分 洗馬宿(293.8km)

もうこの時間になると明るさが戻ってきます。こちらも本陣跡などには簡素な立て札があるだけです。明るさがあるので、宿場町の雰囲気はありますが、宿場町として何かを残す余裕が財政的にもないのかもしれません。

駅前の公衆トイレはいまだにボットントイレ。そういうインフラがまだまだ行き届いていない地域で、宿場町の姿を取り戻すなんてことは後回しなのかもしれません。

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7時45分 塩尻宿(303.1km)

塩尻宿の手前でトータルの走行距離が300kmを超えました。1日60kmで9日間の計算ですので5日目の今日はここで終わってもいいのですが、下諏訪宿まで行かなければいけないのは、その後に和田峠が控えているためです。

峠には夕方の早い時間に入りたいところ。そう思うとこの日の午前中には下諏訪宿にいたいところです。

ただ、ここまでと同じように日が高くなると地獄の行軍状態になります。そもそも距離が10km以上あり峠もひとつ超えます。単純に考えても3時間以上掛かります。

上り坂を走る余裕はどこにもなく、重たい足を引きずるようにして上り、下りは重力に任せてリズムよく。

峠を降りたところにガストを発見し、午前10時にようやく朝ごはん。普段なら絶対注文することのないボリュームモーニングセットでご飯大盛り。それでも足りなかったような気がします。

ここまでくればもうあとは気力だけの問題です。

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12時24分 下諏訪宿(314.7km)

朝ごはんをゆっくりしたので到着は12時を過ぎましたが、想定通りの時間に無事下諏訪宿にたどり着きました。下諏訪宿は遊泉ハウス児湯に休憩室があるので、そちらで夕方まで涼むことに。

とはいえ、エアコンなんてありません。温泉から上がったら扇風機で体を冷やしながらそのまま就寝。

5日目は涼しい場所を走っていたのもありますが、夜中に記憶が飛ぶことはほとんどなく走れました。ただ、走りながら何度も幻覚を見ていますし、寝ながら歩いていて転びそうになったことも何度も。

体力的にはそろそろ限界が近いのかもしれません。ただ、ここまで来たら休んでいる場合ではありません。勢いをつけて一気に関東平野になだれ込みたいところです。

そのためにもしっかり休憩。思った以上に深い眠りについて5日目の終りとなりました。


ちゃんと歩ける中山道六十九次 西 藪原宿~京三条大橋
著者:八木 牧夫
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