基礎の習得に終わりはなく、基礎なくして応用もない

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わたしの仕事は機械設計だ。電波関係の仕事をしているので、基本的には電気屋さんが考えたものを機械屋さんが図面にしてモノづくりにつなげていく。ただ、すべての図面を自分で書いていると時間が足りないので、外注先だとか派遣社員の人に手伝ってもらうことが多い。派遣社員の人は設計経験者からCADオペレーターまで技術力が幅広い。今日はあるオペレーターのCAD操作を見る機会があり、感じることがあったのでまとめておくことにしよう。

その人の評価がどうとかいうのは無視して欲しい。そのオペレーターさんに2次元の図面を元にCADで製図をしてもらったのだが、わたしが基本の基本だと思っていた操作方法をそのオペレーターさんはまったく触れることなく図面を書き始めた。CADオペレーターという仕事の性質上、図面が仕上がればいいのだろう的な面があるのは事実だが、設計にはルールというものがある。ルールに無頓着なわたしでも、守るべき基礎の基礎の製図法というものがある。それを使わないというのは、いったいどこで製図を学んだのだろうか。

そういうわたしも基本的に製図や設計は独学である。もちろん大学で学びはしたが、あんな授業はなんの役にもたっていない。わたしは社会に出てから製図も設計も学んだ。設計は最初から3DCADだったので、自らやり方を構築するしかなかったが、図面に関しては周りの設計者から盗んだ技術が多い。多くの人の図面を見て学んで自分流のやり方を築いてきた。その過程で製図の基礎を学び、設計の手法を身につけていった。

ところが、すべての設計者やオペレーターがわたしと同じようにしてきたわけではなく、基礎を身につけずに自己流に走っている人が実に多い。図面は書ければいいという思想なのか、ただ単純に基礎を身につける機会がなかったのか。

残念ながら基礎が身についていない人の図面はひどい出来になる。わたしは図面は絵画であり、手紙であると考えている。シンプルに美しく、それでいて加工者に思いを伝える手紙が図面なのだ。基礎ができていない人の図面はただの文字と線でしかない。もちろんそれで加工はできるのだが、緊張感のない図面からは緊張感のない製品しか出来ない。必ずと言っていいほど後々問題が発生する。

実はこの基礎ができていないというのは何も機械設計の世界だけの話ではない。技術を問われるありとあらゆるものが基礎を大切にする。基礎を身につけずに華やかな部分だけ模倣してもいつか必ずメッキが剥がれる。そして基礎は反復で地味で習得には終わりがない。仕事でも語学でもスポーツでも基礎がなければその先の成長はありえない。

ところが、その基礎が軽視されているように思えてならない。いや、少しかじったぐらいで基礎はマスターしたような気になってしまう人が多すぎる。石の上にも三年というが、基礎が身につき始めるのはそれぐらいの時間はかかる。むしろ、そこからが本当の意味での基礎の習得期間になる。そして、一生かけて基礎を追求しつつ応用の幅を広げていき、その過程で自分の色を作っていく。

基礎・基礎・基礎・基礎。ずっと基礎である。応用も基礎の積み重ね、掛け合わせにすぎない。ゼロに何を掛けてもゼロにしかならないし、ゼロをいくつ重ねてもゼロだ。わたしを含め、基礎などもう大丈夫だと思い込む中堅の時期が一番あぶない。ここであらためて基礎を大切にできるかどうか。そういう生き方ができるかどうか。人生の大きな分岐点かもしれない。

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