愛媛マラソンレポート〜アスリート枠獲得への道〜

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約3倍の倍率の中から選んでもらえた愛媛マラソン。アスリート枠が途切れたのが1年前。男子は3時間30分で完走すれば、翌年から数年間は優先的にエントリーできます。ところが4年連続で3時間30分を切れないという失態。

4年前は大雪で前日に陸路で現地入り、3年前は胃潰瘍でファンランに切り替え、2年前と1年前は本気で走ったのに届かず。

いつも「今年こそは」の思いで挑んだ愛媛マラソン。でも、今年は本当にラストチャンス。タイムや自分の納得できる走りとかそういうのを全て無視して、結果を出すことを重視します。

12月は筋トレ月間で体をいじめて、1月はスピード重視。体重は思ったよりも減らなかったけど、2週間前のハーフマラソンでは、そこそこの走りが出来るまで仕上がっていました。

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あとはコンディションを整えるだけ。そこまできていたのに、前週の火曜日あたりから風邪気味の体調。ギリギリ熱は出ないし、喉も痛くないけど、簡単に崖の向こう側に転げ落ちそうな状態です。

そこからはとにかく悪化させないこと。風邪を引けばこれまでやってきたことが全てゼロになる。ビタミンを多めに摂りながらの綱渡りが始まります。

それと同時に精神的なストレスも出来ないように「まぁいいか」の繰り返しです。病は気から。反抗する気持ちの全ては、ウイルスに向けて毎日を過ごします。とはいえ確実に削られていく体力。

大会当日の朝、気温は1.5度。

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少しの緊張感はあるものの、とりあえず風邪の気配は身を潜めてくれました。ただし、今度は強い西風が体温と体力を奪います。軽く足に刺激を入れて、スタート前の整列。ラン仲間と一緒だったので、いつものように必要以上にトイレに行きたくなることもなく、スタートラインに移動します。

午前10時の号砲とともに、ゆっくりとスタートします。Bブロックの後方でしたので、スタートロスは1分20秒。3時間28分40秒でゴールすれば、アスリート枠を獲得できます。

最初の1.5キロは渋滞しますが、周りもそこそこ早いので気にしません。大通りに入ってから、周りのスピードも上がり、それに合わせて設定タイムの4:30/kmまで持っていこうとしましたが、スピードに乗れません。

無理に出せばできないこともないのですが、きっと今日はそういう日。思った以上にコンディションが悪そうです。とはいえ、スピードが出ないなら、それはそれで構いません。4:45/kmを設定タイムに切り替えます。これでも十分に3時間30分以内に走れます。

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ただし後半の大失速は許されません。出来るだけ体力を温存して、上りはスピードダウン、下りは柔らかい着地を心がけます。とにかく前半は頑張らないことです。マラソンで大事なのは完走タイムであって、途中でのタイムではありません。

気温は低いものの、体はじんわりと温まります。防寒用に着ていたビニール袋は5キロを過ぎたところで、応援に来てくれた母に渡しました。

ところが体は寒さを感じなくても、寒さのため足の裏と指の感覚はほとんどありません。ただし、これは愛媛マラソンではいつものこと。指の先まで血が流れるまで我慢します。

あらゆる意味で我慢の前半です。それでも、集中力を失わないようにリズムを刻みます。出来るだけ頭で考えないこと。タイムがどれくらいか、つい計算したくなりますが、これが脳を疲れさせます。基本は何も考えないことです。

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愛媛マラソンのコースは走りやすいのですが、緩やかなアップダウンが続きます。この一つひとつに神経をとがらせると、気持ちが最後まで持ちません。

12キロくらいからハムストリングに疲労感が出てきます。「予定より早い」焦りそうになりますが、少しだけペースを落とします。まずは余裕を持って半分まで行きたいところ。レースはいつだって残り1/3からが勝負です。

国道から離れて19キロ、20キロくらいで疲労がピークを迎えます。「今回もダメだったのか」そういう気持ちになりかけます。ずっと並走していたラン仲間が少し前に出たのですがついていけません。

ところが、21キロを通過したところで、なぜかココロのスイッチが入ります。「ここからハーフマラソンのスタート」なぜか頭がそう思い込んでくれました。ここまではアップみたいなもの、ここがスタートラインだと思った瞬間にギアが一段上がります。

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潰れるわけがない。どこからその自信がやってきたのかはわかりませんが、その後の2キロでベストラップが続きます。いつもはグダグダな走りになっている25キロ地点でも余裕があります。ただスピードはやや落ちています。

とはいえ、25キロ地点は頭の中でハーフマラソンの4キロ地点。こんなところで大失速するわけがありません。2週間前のハーフマラソンを思い出し、その時の景色と重ね合わせます。

国道に戻ってきて、28キロ通過。残り1/3ですので、ここからが勝負という気持ちが湧きそうになりますが、「いやいや、まだハーフマラソンの7キロ」と冷静さも残っています。とはいえ、筋力は明らかに低下していますので、道路の白線を選んで走ります。

ほとんどのランナーはあまり意識していませんが、アスファルトよりも白線のほうがしっかりとシューズが路面を掴んでグリップします。感覚的には5%くらいは楽に走れるので、余力を残して1キロ1キロを刻んでいけます。

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36キロの平田の坂、最後の上りの途中で右足ふくらはぎが悲鳴をあげそうになりましたが、とっさに姿勢を変えてことなきを得ます。ただ、そこからは無理は禁物。いつどこで足が攣ってしまうかわかりません。

慎重に坂を下り、残り5キロ。

計算上は残りを6:00/kmで走っても3時間30分でゴールできそうですが、スピードは緩めません。もっともすでに前半の走りからはだいぶ遅れています。出来るだけ減速幅を減らすために、こんな状態も想定して選んだアディゼロジャパンのBOOSTフォームを利用して、推進力を生み出す走りに切り替えました。

残り3キロで再び母の応援。ここでようやく、例年もまた走れるという安堵感がやってきます。あとは、どうやってもゴールできるはず。もちろん、集中力はそれまで以上に高めます。万が一でもトラブルが発生すると、手のひらからアスリート枠がするりと逃げてしまいます。

マラソンの神様はいつだって残酷です。ゴール前で足攣ってしまうランナーを何人も見てきました。全力で駆け抜けたい衝動を抑えて、大人の走りに徹します。

残り1キロ。

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最終の曲がり角が走っても走っても近づいてきません。自分に「焦るな」と言い聞かせます。一歩を踏み出せば、一歩だけゴールに近づいてくる。これだけは全てのランナーに平等に与えられた権利です。マラソンの神様がどんないたずらをしても、それだけは変わりません。

最後の曲がり角を直角に曲がり、残り200メートル。スパートはせずに噛みしめるように一歩一歩を踏み出します。このゴールは42.195キロのゴールであり、過去に失敗した4回分のゴールでもあります。

感極まることはありませんが、「長かった」という思いと、「3時間30分以内に走るのが、こんなに苦しいものなのか」という思いが交錯します。

3時間23分58秒 無事フィニッシュラインを通過。

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こうして、わたしのアスリート枠獲得への挑戦は幕を下ろしました。

21kmまで並走状態で支えてくれた仲間や、笑顔で「がんばって」と送り出してくれた人。そして、アスリート枠を取り戻すまでに一緒に走ったたくさんの人たち。その一人ひとりの顔が浮かんできます。

走ったのは自分の力だけど、その力を与えてくれた人たちがいます。沿道からの声援も本当に支えになりました。もちろん寒さに耐えてくれたボランティアさんたちもいます。

そのひとつでも欠けていたら、わたしはアスリート枠を獲得できなかったでしょう。

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おかげでまた伊予路を駆け抜けることができます。来年は久しぶりに取材も兼ねて全エイド制覇のグルメランをする予定です。速く走るのとは違った愛媛マラソンの楽しみを、みなさんにお伝えできればと思います。

ただ文章で伝えられることには限界があります。来年はぜひわたしと一緒にスタートラインに並んでくれませんか?愛媛マラソン、走って後悔することは絶対にありません。それだけはわたしが責任を持って保証します。


それからの僕にはマラソンがあった
著者:松浦 弥太郎
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