トーマス・エジソンの有名な言葉「天才は1%のひらめきと99%の努力」。1%のひらめきがないと99%の努力が無駄になるという意味での言葉です。
要するにひらめきがないと、どれだけ頑張っても意味がないというわけです。
とても厳しい言葉ですよね。
でも、わたしは思うのです。
どんな努力だって無駄になることなんてないと。
学生時代、わたしはサッカーで食べていくと決めていました。その夢は叶いませんでしたので、結果論でいえば才能もないのに努力をして無駄だったと言えます。
もし人生がそこで終わるなら。
夢が叶わなかったら人生が終わるわけではありません。むしろその先の人生のほうが長いわけです。努力したことは必ず将来の自分に返ってきます。例えば継続することの大切さを頭ではなく体で分かっています。
サッカーに取り組んだときの姿勢は、社会に出て機械設計者になるまでの過程で活かされています。努力しないと成長しないことを知っているので、会社員になってからは休日返上で勉強の日々でした。
サッカー選手になるための努力をしていなかったら、会社員になってからあんなに必死に勉強をしていなかったかもしれません。すべては繋がっています。自分がやってきたことで無駄なことなんてひとつもありません。
そして、もうひとつ。
天才になること、社会で成功することだけが、人生の成功者ではないということ。
平凡な生き方の中にも喜びはあり、有名にならなくても人生に楽しみはあります。欲しいものを何でも簡単に手に入れることができることが必ずしも豊かなわけではありません。
大事なことはいつだって過程にあると、わたしは考えています。
そこはわたしの甘い部分でもありますが、結果なんていうのは過程がしっかりしていれば勝手についてくるものですし、どれだけ頑張っても運が悪いと思うような結果にならないこともあります。
ただ、その過程というのは未来に繋がります。
だから所作の美しさを大事にしたいといつも口にしていますし、日々のトレーニングも集中して行っています。それがどこで役に立つのか、日の目を見るのかなんてことが気にしません。
もちろん、目先の目標に向かって努力はしています。夢はやっぱり叶えたいものです。
でも努力をいくら重ねても、叶わない夢はあります。
だからどうしたと言いたい。
人生は夢を叶えるためにあるのではなく、目標を達成するためにあるわけでもありません。国破れて山河あり。夢や目標が意味ないというのではなく、それを成し遂げられなくたって、わたしたちは生きています。
「1%のひらめきがないと99%の努力が無駄になる」合理的な考え方だと思います。
それでも「努力は無駄にならない」と思える生き方だって捨てたもんじゃない。天才になれないわたしの精一杯の強がりですが。
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