44歳になりました。
ひそかに43歳の目標にしていた「石田ゆり子さんに街角でばったり出会う」が叶うことはありませんでしたが、ありがたいことに今年も心身ともに健康な状態で、11月5日の誕生日を迎えることができました。
小さな頃は体の弱い子どもでしたが、両親が甘やかすことなく厳しく育ててくれたおかげで(何度も家出をしようかと考えましたが)、フルマラソンを裸足で完走できる程度の強い体を手にすることができました。
誕生日だから何かが変わるということはありませんが、ちょうどこのタイミングで人生の転機がやってきたのはすでにお伝えしたとおりです。ランニングのパーソナルトレーナーになるための準備を進めています。
降って湧いたような話ですが、すべては44年の歴史がつながって導かれた結果です。仲のいい人、どうも相性がよくない人、あの日わたしに別れを告げた人だって、わたしをここに導くために必要な人たちでした。
そういう意味でわたしはとても恵まれています。
わたしには特別な才能はありません。少しだけ文章を書くことができますが、わたしよりも上手な文章を書く人はいくらでもいます。少しは速く走れるかもしれませんが、ランナーとしては特別ではありません。
協調性もありませんし、スター性もありません。でも、このブログを読んでくれているという人がいて、記事を書いて欲しいと頼まれることもあります。いつも誰かが手を差し伸べてくれます。本当にありがたい。
この恩を返すのに残りの人生で足りるのだろうかと思うこともありますが、まだ恩返しできるほどの状態ではなく道半ばといったところ。むしろ、わたしの人生の第3章はここから始まります。
親に守られながら好き放題に生きた24年間。社会の中で自分の立ち位置を探し続けた18年間。そして、ここからは地に足をつけて自分だけの花を咲かせるための新章が始まります。
ここまではまだ自分に無限の可能性があると期待していた部分がありました。でも、ここからはその期待をひとつひとつ削ぎ落としていくことになります。本当に必要なものだけを残していく。
本来そういう作業は20〜30代ににしておくべきなのでしょうが、わたしはあまり器用ではないので少し時間がかかってしまいました。自分に甘えがあったのも否定できません。ただ、それらは自分に必要だったもの。
大事なのはそれらを糧にして前に進むということ。
きっと44歳はこれまでにはない出会いもあるはずです。想像もできないようなことが次々と起こるかもしれません。いや、起こしていきます。ここまでは「待ち」の人生でしたが、ここからは倒れるくらい前のめりに。
もちろん自分らしさは失わずに。
多少無理はするかと思います。挑戦が増えるので失敗もたくさんすると思います。でもそれはすべて、いまよりも高く跳ぶために必要なこと。数年は苦しみもがくかもしれませんが、それも含めて面白おかしく伝えていければと思います。
44歳の重松貴志もよろしくお願いします。
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