藤沢で暮らしていた学生時代、東京は少し遠い場所だった。物理的にも1時間以上かかり、気持ちの上でも敷居が高く近寄りがたい。高校時代は大阪で過ごしたとはいえ、アメ村にも行ったことのないような純朴な青年。繁華街という場所にいると落ち着かなくて、せっかく関東の大学に進学したのに東京ははるか遠く。
東京に憧れていたわけではなく、関東でサッカーをしたかっただけなので、東京に壁を感じたことで困ったことはない。日々の生活は藤沢で完結するので、わざわざ東京にまで出かける理由もない。そもそもわたしには、東京で遊ぶ時間なんてほとんどなかった。
サッカーで食べていく未来を描きながら、特待生として授業料免除のために学年で上位5%に入り続けるという2足のわらじ。さらにサッカーに必要なお金を稼ぐためのアルバイト。よく考えたら、学生時代から今と変わらない生活をしている。
なかなか馴染めなかった東京だが、社会人になってから表参道が好きになった。渋谷や原宿と行った繁華街とは違って静かで居心地がいい。地下足袋のsousouで買い物をして、日本茶ソムリエのいる茶茶の間でランチをするのがわたしのお気に入りコース。ほとんど他の店には立ち寄らない。
もっと若いうちに原宿を見ておけば良かったと思うこともあるのだが、自分のようなオシャレに疎い人間が行く場所ではないという思いがあった。学生時代も表参道に行くようになっても、原宿をプラプラすることはなく、たまにスポーツ店を巡るくらい。竹下通りはこれまで数えるほどしか行ったことがない。
ちなみに竹下通りには父が立ち上げに関わった雑貨屋があったのだが、少し前に閉店した。閉店を聞いて初めて行ってが、それまでどこにお店があるかも知らないほど原宿に興味がなかった。ところが人生とは面白いもので、ここ最近は原宿を拠点にウーバーイーツの配達をしている。
原宿はなぜか安定して注文が入る。秋になって他のエリアは30分呼び出されないなんてこともあるが、原宿でそれほど待つことはほとんどない。表参道と組み合わせれば、鳴らないと言われている15〜17時の時間帯でも、ちゃんと配達がある。配達員に不人気のエリアでもあるからだ。
まず歩行者が多すぎて、ピックアップが手間取る。竹下通り沿いのお店へのピックアップは自転車で行くことができない。そして何よりもウーバーイーツの配達員の多くが原宿に居心地の悪さを感じるのだろう。ここは若いリア充の住処であり、ウーバーイーツの配達員とは無縁の世界。
もう少し先まで行けば加盟店の多い渋谷がある。原宿で配達するくらいなら渋谷に行くほうが効率的に稼げる。わたしもずっとそう思っていた。
ところが、ここ最近は原宿は少し楽しい。若者を中心に、人が溢れていて自転車の運転が面倒だがイライラすることはない。なぜか原宿にはポジティブな明るさがあるのだ。明治神宮がすぐ近くにあるのも影響しているのかもしれない。風水はよくわからないが、きっと明治神宮から見ていい方向にあるのだろう。
スピリチュアルなことは信じないタイプだが、東京で配達をしていると陽の場所と陰の場所があるのはよくわかる。原宿は東京の中でも強い陽を感じる場所のひとつ。いや、飛び抜けて明るい場所かもしれない。そこにいるだけで元気になれる場所。
だから若者が集まる。若者が集まるからさらに希望に満ちていく。こういう状況だからこそ、モヤモヤした感情を手放したくて、若者は原宿に集まるのだろう。そしてもう少し上の年齢の人たちは表参道にやってくる。その流れになぜか40代になって居心地の良さを感じている。
いい歳した大人が原宿を居心地良く感じるというのは、少し気持ち悪い。ウーバーイーツの配達をしていなかったら、この街の魅力に気づくことはなかったかもしれない。ある意味これも役得のようなものだ。若い女の子ばかりのフードコートに入るなんて、普通ではありえないこと(視線はやや痛かったが)。
ウーバーイーツで配達をするようになって変わったと感じるのは、街の空気に呑まれなくなったということ。始めたばかりは、どこに行っても場違いな気持ちがあったのだが、さすがに9ヶ月もやっていると慣れてくる。そして、そのエリアの特徴が見えてくるようになる。
恵比寿は思ってたほどオシャレな街ではなかったし、渋谷は慌ただしくて落ち着かない。若い頃に東京にまで来れなかったのは、自分に合っていなかったんだということが今だから分かる。きっとこれからも東京で暮らすことはないだろうし(絶対にないとは言わないが)、わたしが東京に馴染むこともない。
ただ、少なくとも今は原宿が心地よく、しばらくはウーバーイーツの配達での拠点となるだろう。原宿の景観を損ねない程度の服装で配達をしているので、街で浮くこともないだろう。原宿はピックアップに行くお店の店員さんも感じがよく、ストレスも少ない。
44歳にしてあまりにも遅すぎる原宿デビュー。一緒にクレープを食べながら竹下通りを歩いてくれる人でも募集するかな。