わたしはなぜ痛い思いをしても裸足で走り続けるのか

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裸足で走っていると「なんで裸足なの?」とよく聞かれる。まっとうな質問だと思う。ただ、これほど答えにくい質問もない。いまとなってはなぜ裸足なのか自分でもよくわからない。わたしは裸足原理主義者でもなければ、裸足推進者でもない。ただ、純粋に楽しいから裸足で走っている。

裸足で走るメリットはもちろんある。ケガをしにくくなるとか、筋力がつくとか他にもあるんだろうけど、裸足の効用はわたしにとってどでも副産物以上の何ものでもない。目の前にあるその道を裸足で走ったら楽しいかどうかがすべてだったりする。難しそうであればあるほどワクワクしてくる。

ただ根っからの小心者なので、絶対に無理はしない。ここは走れないと思ったところは裸足で走るようなことはない。鋭利な路面を通過しなくてはいけないとき、歩くよりも遅いスピードで進む。痛いのは本当に嫌いなのだ。痛いのが嫌という理由でインフルエンザの予防接種を受けないレベルで痛いのが嫌。

そうは言うものの、フルマラソンや24時間マラソンを裸足で走ると足裏の痛さは避けられない。じゃあなぜ裸足になるのか?答えは単純だ。シューズを履いたことで発生する痛みよりも裸足の痛みのほうがマシだからだ。フルマラソンのような距離を走って、どこも傷まないなんてことはほとんどありえないのだ。

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膝が痛くなる。踵が痛くなる。腰が痛くなる。裸足で走ればそういうものと無縁でいられる。ただ、足裏は痛い。だが痛くなるとわかっていれば耐えられなくはない。自分自身に「痛いだけ、命まではとられない」と言い聞かせながら走る。不意にやってくる痛みはそうはいかない。

フルマラソンの途中で膝が痛くなったらもう一歩も走れないことになりかねない。大きな故障につながることもある。裸足は違う。痛みは故障ではなくどうあがいても「ケガ」レベルなのだ。回復するのに1週間も必要ない。それも鍛え方次第でかなり抑えることができる。

そして繰り返しになるが何よりも「楽しい」のだ。子どものころに戻った気持ちになる。あらゆるものから開放されたあの自由な感覚。ルールは常に自分にある。自分の頭のなかで長年かけて築き上げた常識を一気に覆すことができる快感。裸足で走るとあたり前があたり前でなくなる。常に工夫する。その繰り返しが楽しい。

だからと言って、誰にでも薦められるものではない。裸足はやはり危険なのだ。路上を走るときかなりの集中力を使うし、足裏だってお世辞にもキレイとはいえない。いま風に言えば「リスクが高い」ということになる。これはどうやっても否定出来ない。だからわたしは安易に裸足を人に薦めることが出来ない。

それでも裸足で走りたいという人がいる。そういう人たちには裸足の可能性を示していきたい。裸足は自由ではあるが万能ではない。その限定された範囲での自由で何ができるかをこれからも探して行きたい。裸足の可能性はわたしたちが思っている以上に広がっているはずだ。

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