山に入るときのちょっとした儀式のようなものがあって、山の持つ周波数のようなものに自分の周波数をラジオのチューニングのようにして合わすようにしている。これをきちんとしておくと山と一体化することができ、自分が山の一部になることができるのだ。山の呼吸に自分の呼吸を合わせる。この瞬間がたまらなく好きでわたしは山に向かうのだ。
わたしにとっての初めてのトレイルレース『第1回 石和・春日居温泉郷 富士山眺望トレイルラン&ウォーク』は、そのチューニングで苦しむスタートになった。大山や箱根といった慣れ親しんだ山ならば意識しなくとも山の周波数に自分の周波数を合わせることができる。ところがこの石和の山はいつまたっても合わせられない。
山そのものが人を排除しているかのようにひっそりとして、息を潜めて人が去るのを待っている感じがする。そうなると走っていてまったく楽しくない。スタート前に「気の強い山」だと聞いていたが、想像以上の難しい山のようだ。埒が明かないので、山の木々に話しかけながら走る。最初は「おはよう」の挨拶から。その繰り返し。
ようやく山と一体化しているように感じられたのは5キロ過ぎ。25キロのレースで5キロも山と向き合うまでに要してしまった。ただ、チューニングを終えてしまえばもう心配はいらない。集中力を切らさなければ山がわたしを守ってくれる。そして集中力が最大限に高まると、そこで暮らす動物たちを感じることができる。わたしはウサギのように山を駆け抜ける。
とはいえ、気の強い山。かなりのテクニカルなコースになっている。山の道にはそれなりの流れというものがある。ところがこの山のトレイルはその流れがまったく見えない。まず5m先までしか足の置き場を想像して走ることができない。その先のあるべき道を目で追えない。そして流れを無視したカーブが続く。何度か木をよけきれずにぶつかってしまった。
足元も木の根が落ち葉に隠れてて、足を前に進めるタイミングでその根に足を引っ掛けて出足払い状態になる。木の根をフルパワーで蹴飛ばしたり、足裏で叩くことも数度。トレイルシューズを履いていれば大したことないのだが、わたしはトレイルをビブラムファイブフィンガーズで走るため、衝撃がまともに骨に伝わり、苦痛で顔がゆがむ。
25キロとはいえ、初めてのコースではペースを上げ過ぎないことが大切だ。出来る限りリラックスして余力を残すこと。行けると思って暴走してはいけない。そうやってわたしは17キロまで飛ばし過ぎないように気をつけていたのだが、想定外のことが発生した。なんとトレイルはここで終了。残り8キロが下り坂のロードなのだ。
きちんとコースマップを見ていればよかったのだが、わたしはあまりコースを確認しないのだ。トレイルの大会ということで高低差だけ確認したのが失敗だった。余力はたくさん残っている。ただ、ビブラムファイブフィンガーズを履いている状態でロードを全力で走ることができない。踵を痛めているため、踵を着地させずに坂を下らなければいけないのだ。
ここからはもう精神的な修行でしかない。ロードなので山との一体感などどこにもない。走れるだけの足も残っているのに、スピードを上げられない。それでも周りのランナーよりは走れる状態だったので、一人ひとり抜きながら声をかけていく。わたしが声をかけるのは何も他の人を応援したいだけではない。他のランナーに声をかけながら自分自身を叱咤している。
3時間50分08秒
完全に不完全燃焼でゴールした。なんならもう1周行けるぐらい脚に余力がある。1日経過した今も多少の疲労はあるが筋肉痛にはなっていない。いつも全力疾走をモットーとしているわたしにとってこれは屈辱的なゴールになった。走り終えて何も残っていないのだ。脚力的なアップもなく、やりきった感もない。やはり初トレイルレースは簡単ではなかった。
山は何度も足を運ぶ必要がある。知らない山をいきなり自由に走れるほどトレイルレースは甘くない。苦い経験となった初トレイルレースだが、もう少し長い距離にも挑戦してみるつもりだ。そして『石和・春日居温泉郷 富士山眺望トレイルラン&ウォーク』にも戻ってこよう。わたしはまだこのレースを走りきったとは思っていない。
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