起床時間は午前4時半。台北マラソンのスタートの2時間前ですが、前夜に寝たのが0時過ぎ。勝負レースではないので寝不足はいいのですが、やっぱり睡眠時間が短いのは楽ではありません。
5時にゲストハウスを出て、6時前に会場入りしたものの、あれこれしているうちにあっという間にスタート時間がやってきます。
今回も最後尾スタートと思って一番後ろに並んでいたら、見覚えのあるマスクの男登場。クレイジーランナーの三州ツバ吉さんは号砲が鳴って、列全体が動いてからのスタートブロック入り。
三州さんは前日深夜に台北入り。ということはわたしより寝ていないわけです。この人の前では「寝てない」なんて言い訳にはなりません。もっとも三州さんがしっかり寝ているのをわたしは一度も見たことがなのですが。
緊張はなかったつもりですが、知った顔に会えるとやはり気持ちが落ち着きます。
一緒に最後尾スタートをしたものの、体が少し軽いのでスタート直後に三州さんと分かれて、前を目指すことに。時計はしていなかったのですが、4時間半くらいで走れそうな感覚です。
とはいえ、写真を撮ることもわたしの仕事。画になる背景とランナーを見つけてはシャッターを押します。右手にミラーレス一眼、左手にiPhone。
写真のために車線変更を繰り返していたのですが、道路の中央線に野球のボールくらいの大きさの半球状の突起物があり、「これ危ないな」なんて思いながらも右へ左へ。
そしてそのときはやってきました。
8km地点の手前で写真のターゲットを探すために目線を足元から切った瞬間。わたしは盛大に地面の突起物を右足裏で蹴飛ばしてしまうハプニング発生。直感でわかりました。
「この痛みはあかんやつ」
不幸中の幸いは転ばなかったこと。ピラティスを始めてから、山で躓いてもバランスを崩さず転ばない体を手に入れているのですが、今回も5mくらい吹っ飛びましたが転ばずには済みました。転んでいたらiPhoneもミラーレス一眼も大破していたかもしれません。
iPhoneもミラーレス一眼も守ったものの、明らかに足が壊れました。
止まってしまうともう走り出せそうにないので、痛みを引きずりながらそのまま走り続けます。「痛くない、痛くない、きっと気のせい」と自分に言い聞かせながら。
そうは言うものの右足の前足部はゆっくりと膨れ上がっています。接地したときに指が地面に当たりません。
走れているので折れているということはなさそうですが、ヒビくらいは入っているかもしれない。そんな不安が脳裏をよぎります。
こういうときに一番怖いのは、右足をかばって他の場所を痛めてしまうことです。なんせまだ10kmも走っていません。崩れたフォームで30kmも走ると故障につながります。
とにかく腫れが引くまで丁寧な着地を心がけて前に進みます。それでも割と早い段階で5時間のペースランナーを追い越していきます。この時点ではまだ4時間半くらいで走れるような気はしていました。
痛みはあるものの、我慢できない痛みではないという判断でした。
ところが痛みは走れば走るほど増してきます。いつもだったら、走れば痛みが消えていくのに、今回は痛みが消える気配はゼロ。それどころか悪化の一途をたどっていきます。
15kmくらい過ぎたところで腹をくくりました。このスピードだと右足が後半持たない。痛みに耐えられなくなってリタイアすることになる。そう考えて、現実路線に切り替えます。
目標は完走。距離を恐れてスピードを上げないことがここからのわたしの課題です。
それともうひとつ。この痛みかばって他の箇所を痛めないこと。そこからわたしの頭の中は高速回転で考え始めます。どうすれば完走できるかを知識と経験を総動員して、今できることを導き出さなくてはいけません。
まずは着地です。
とにかく重心を意識して着地します。これはマイロード靴総合設計の薄井さんに作ってもらった和紙布シューズでの経験を活かします。重心がぶれないように正しい着地をすれば、フォアフットでなくても膝に負担がかかることはありません。
多くの裸足ランナーが勘違いしていますが、フォアフットにすればケガをしないわけではありません。重心がぶれないように着地すればランナーはケガをしません。たとえシューズを履いていてもです。
とにかくわたしは右足の前足部を痛めていますので、フォアフットはできません。フラット着地もつらいのですが、まずは体を守るために、和紙布シューズでの着地を裸足で再現する走りに切り替えます。
次に体の後ろ側の筋肉の反発を使って前に進むこと。間違っても地面を足裏で押し出してはいけません。足は置くだけにして、滑らかに抜くように走ります。
それでも痛みはあるものの、そこからは精神力の世界です。
「痛みは避けられない、でも苦しみは自分次第」
村上春樹さんの『走ることについて語ること』に出てくる名文です。痛みは誰にでもあり、大事なのはその苦しみをどう受け取るかということ。本を手にした多くのランナーがこの言葉を心に刻んで走っているのではないでしょうか。ただ、わたしの考え方は違います。
「痛みは感情だからコントロールできる」
痛みは避けられないものではない。悲しみや喜びと同じように痛みも感情です。痛みは不快感という感情ですので、悲しみや喜びをコントロールできるように、痛みも必ずコントロールできます。
そこでわたしは右足の前足部の痛みをコントロールすることをはじめました。
まずは痛みを気にしないことから。痛みをつらいと思うと痛みのコントロールはできません。痛みの先には痛みから解放される喜びがあると自分に言い聞かせること。痛みは永遠ではないと言い聞かせます。
それだけではまだ痛みをコントロールできませんので、台湾の苦しい時代のことを思い浮かべます。いま一緒に走っているこの人たちは、わたしが想像もできないような苦しみを味わってきた人たちや、その子どもたち。
そんな台湾の人の前で苦しい顔を見せるべきではない。とにかく笑顔で走りことを心がけました。
走り方と心を整えることで、痛みはゆっくりと引き、気にならないレベルにまでコントロールすることができます。「痛みはコントロールできる」理屈ではわかっていても、なかなか実践できなかったこと。
負傷してどうにもならない状態にまで追い込まれたことで、心と体が何かに目覚めたのかもしれません。
最近は練習で週に2回以上の20km走を取り入れているのもあって、距離はつらくありません。1kmを42回積み重ねるだけ。足は痛くても動かしていれば必ずゴールは近づきます。
台湾人のランナーが時々、「頑張って!」と声をかけてくれます。
延々と続く河川敷。きっと日本人ランナーは退屈だと感じるこのコースを、わたしはなぜか心地よさを感じながら走れています。歩くことが出来ないほどの痛みを抱えているにも関わらず。
レース終盤、コース上に大きな私設エイドがあり、そこではビールが置いてあったのですが、もちろんいただきます。単純に気温が上がりすぎて「いま飲むビールは旨いにちがいない」という思いがあったのと、痛みを少しでも麻痺させる作戦でした。
後半に入って、痛みはコントロールできているものの、そもそも裸足で走ってきたことによる足裏の痛みが出てきたので、それも回避する必要がありました。
いつもなら足裏の痛みくらいは裸足マラソンの醍醐味として楽しめるのですが、このときはそうも言ってられません。これ以上の痛みをコントロールすることはできないと考え、ビールで麻痺させることに。
その効果もあり、なんとかして走ることができる状態を保ちます。
折り返した復路でもビールを飲んであとはゴールを目指すだけ。ペース的には5時間以内でのゴールはできそうですが、足の状態を考えるとどこで足裏に限界が来るのかがわかりません。
それでも残り2kmとなったところで、ペースアップをします。コントロールできない大きさの痛みがありますが、周りの台湾人に「加油!加油!」と声をかけて追い抜いていきます。
そうすると歩いていた台湾人ランナーも走り始めます。変な格好をした裸足の日本人に追い抜かれたことで、最後の力を振り絞っているのかもしれません。
最後はそうやって走り出した台湾人の女の子と並走して4時間50分43秒でゴール。
頭も体もヘトヘトになってのゴールでしたが、これほどフルマラソンを短く感じたのは初めてです。ゴール後に立っていられないくらいの痛みがあるのに、気持ちはどことなく余裕があります。
痛みをコントロールできたことの喜びと、気持ちよく台北マラソンの42.195kmを走れたこと。わたしはフルマラソンで達成感を感じたことがないのですが、この時ばかりはやり切った感が全身を包みます。
市民ランナーにとってマラソンはタイムではありません。今できるベストを尽くせたかどうか。
そういう意味では台北マラソンで自分のベストを尽くし、これまでに経験したことのない自分に出会うことができました。先週のハルカススカイランを経て、41歳にしてゆっくりと成長しているのを感じます。
台北マラソンから一夜明けた今日。右足の前足部が見事に腫れあがっています。
得たものが大きいだけに、その代償も大きかったようです。痛みの原因を説明するのが嫌なので病院には行きませんが、しばらくはプール練習くらいしかできそうにありません。
でも台北マラソンで確実にワンステップ上に上がることができました。痛みをコントロールできるという自信は必ず次につながります。ただし同じことを繰り返さないように、危険な場所では足元から目線を切らない。
裸足のフルマラソンに慣れすぎて、基本が抜けていました。これはきっと裸足の神様からの戒めです。基本を疎かにせず、裸足ランニングをもっと極めなさいと。
今度台北マラソンに戻ってくるときにはもっと走れる裸足ランナーになって帰ってきます。あまりに楽しすぎたので来年もエントリーしてしまいそうですが。
スポンサーリンク
コメント