走れないと仕事がはかどる【温泉に行くのが正解なんだが】

昨日は朝からひたすらライティング作業。普段なら走りに行く時間も自宅作業ですし、1日2食生活にしたのもあって買い出しも必要ありません。やっぱり自分の生活はやらなくてはいけないことで埋め尽くされていて、余裕が全然ないのだと改めて実感。

もしかしたらこのまますべてが中途半端になってしまうのではないかと、不安に感じることはあります。でも人生は何事も道半ばという考え方もあり、全部中途半端でもいいのかなと思ったり。その道を極めた人間になりたいわけでもありませんから。

ただ正直に、ひたすらまっすぐに進んでいく。そのためには何かを手放さないといけないときもあります。北海道に来てからやめたのは中国語と英語の勉強、そして本や漫画を読むという習慣です。これらをやめないと1日が24時間では足りなくなってしまうから。

少し前までは走ることもやめていましたね。最初に生活に取り戻したのがランニングというのが、私らしいというか、走ることは私が私であるために必要なことなので、そもそも手放してはいけないものだったと今ならわかります。

ただ、腰痛で走れなくなって感じるのは、ランニングを人生から切り離したら、私はもっと自由に生きられるんだということです。勘違いしないでほしいのですが、決してランニングを切り離したいというわけではありません。

たらればになるので「どうでもいい話」をしているだけ。私からランニングに関するすべてのものを切り離したら、収入も大幅にアップしますし、世界中を巡ることもできるようになります。でも、私はそんな未来を望んではいません。

私は自分のしたいことだけをしながら生きたいだけ。むしろフリーランスなのに嫌なことをする必要は1ミリもありません。少なくとも今したいことはランニングに関すること。人生のどこかで別のなにかに変わる可能性は当然ありますが。

たとえばランニング関係のことをやめれば台湾や中国で働けるというのであれば、私はそちらになびくかもしれません。長沼町でお店をできるというなら、やはりランニングの情報発信などをやめる可能性はあります。走り続けはしますが。

結局のところ私たちには1日24時間しか与えられておらず、1日にできることには限界がある。私はいまその限界のところで右往左往している状態。いや、やらなくてはいけないのにできていないこともあるので、実際には限界を超えていることになります。

この状態を回避するには何かを手放さないといけません。いまはランニングができないので安定していますが、また走れるようになったときに、ランニングの代わりに荷物をひとつ下ろす。これ以上なにを下ろせるのかはわかりません(本当はわかっていますが)。

ケガをして走れなくなって、今までいっぱいいっぱいだったことに気づく。それだけでも大きな収穫です。両手に抱えられないくらいの仕事を持つ。そういう経験ができる人というのも限られていますし、それは恵まれているなとは思います。

ただ、余裕ができたときに他の仕事をすることになるというのはそろそろ改めないとまずいですね。実際に腰がこんな状態になってしまったわけですから。走れるようになったら、仕事をすべて置いてときどき温泉に行くようにします。往復30kmくらいありますが。

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